「ヌサンタラの紙(8)」(2024年04月12日)

男女の恋愛がハッピーエンドになるとき、ふたりの間で何が行われるのかはたいていのひ
とが推察できるはずだ。Anak kecil juga tahu!というTVコマーシャルを持ち出すまで
もないだろう。愛するふたりのセックスシーンが絵幕の最後に描かれているというのが公
然の理由として語られているのだが、その絵を見たというひとの話もなければ、マルディ
の一家や関係者の中からのすっぱ抜きも見つけられない。これを世間に陳列するのは風紀
上好ましくないという判断を下したマルディの先祖の言い付けが今でも厳格に守り通され
ていることの証明がきっとそれだろう。

マルディの所有しているワヤンベベルは古い歴史を背負った文化財であり、その絵幕は現
在でもマルディが上演するときに開かれている。同じように古い文化財としてオリジナル
のワヤンベベルがもうひとつ存在しているという噂がある。

そのワヤンベベルはBlambangan王国のDamarwulanの物語を描いたものだそうだが、それが
ただの非現実的な噂話の域を出ないものなのかどうか、あるいはどこかの由緒正しい場所
の奥深くに秘蔵されていて門外不出にされているのかどうか、そのあたりのことが皆目わ
からない。

数百年の時間を越えて生き残っているダルアン紙の幕の上の描画が他にもっとあってもお
かしくないような気はするのだが、歴史遺産であるダマルウラン物語の絵幕の目撃者も目
撃談も見つからないのだ。もしも生き永らえているのなら、その上演を現代に復活させて
もらいたいものである。


バリ島にも大きいサイズの布に独特の絵を描く伝統絵画がある。lukisan kamasanと呼ば
れているもので、クルンクンのカマサン村が発祥地とされており、その画風もカマサンス
タイルという名が付けられている。バリ風伝統絵画はカマサンで生まれ、時代と共にデン
パサル・バドゥン・タバナン・バンリ・シガラジャ・ギアニャルなどへ広がって行った。
そのキャンバスに使われている布はダルアンでなく、インドネシア語でブラチュbelacuと
呼ばれるキャリコ布だ。米粉を水に溶いて布の表面に塗り、その上にラマヤナやマハバラ
タのシーンが描かれたものが一般的なカマサン絵画である。大きいものになると、縦1メ
ートル横2メートルというサイズのものも作られる。

カマサン絵画は15世紀にクルンクンの王位に就いたワトゥレンゴン王の時代に始まった
と言われており、今でも制作されて土産物として販売されている。カマサン絵画が世界的
な名声を得たのはオランダ東インド政庁がバリ島観光開発を積極化させた1930年代だ
った。カマサンスタイルの画法が発展したのはマジャパヒッ時代だったから、1930年
代というのは既に完成期にあったわけだ。クルンクンのクルタゴサを訪れれば、バリの伝
統絵画の傑作類を堪能することができるにちがいない。

2006年2月のコンパス紙にカマサン絵画制作をライフワークにしている女性の人物紹
介記事が掲載された。クルンクン県カマサン村バンジャルサンギンに住むバリ女性の二 
マデ スチアルミさんは73歳の女性だ。バリの伝統絵画の歴史の中で、スチアルミが最
初の優れた女性画家という定評を得た。今でもカマサン絵画の世界で女性画家の第一人者
になっている。[ 続く ]