「ヌサンタラのコーヒー(102)」(2024年03月25日)

コーヒーをコーヒーやミルクコーヒーのまま飲むのでなく、そこにスパイスやハーブを混
ぜ込んで飲むものをインドネシア人は一般的にkopi racikと呼んでいる。既述のコピシウ
ィもコピラチッの一種だろう。コピラチッの場合はあくまでもコーヒーが主役の座に就き、
スパイスやハーブ類は客人としてそこに混じるという雰囲気のようだ。

イ_ア語racikには複数の意味があって、その中の「混ぜる」「調合する」という意味は
もともと薬師が薬草を患者の容態に合わせて調合することを指して使われたものではない
かと思われる。元来コーヒー飲用が心身をシャキッとさせる活性飲料のイメージではじま
ったのであれば、そこに薬草やスパイスが調合されるのは自然の成り行きだったのではあ
るまいか。

わたしが家で飲むコーヒーはいつもコピラチッであり、クローブやナツメグ、カルダモン
などを加えたたいへん薄いコーヒーにして飲んでいる。時にはトウガラシやコショウを入
れることもある。それを隣人たちに振る舞うとたいていみんな、これはジャムゥだという
反応を返してくる。もちろんコーヒーのアロマは混じっているものの、ある程度の濃さに
なっていないと、コーヒーと感じてもらえないようだ。わたしのコピラチッにはきっと主
役がいないのだろう。


中部ジャワ州ディエン高原にkopi purwacengという有名なコピラチッがある。プルワチェ
ンというのは薬効を持つ草の名前で、プルウォチェンと呼ぶひともいる。アニス科に属し
ており、学名をPimpinella pruatjanと言う。根に強精・催淫成分が含まれていて、コー
ヒーに混ぜて飲むと元気ビンビンになると語るひとが多い。

ディエン高原にある観光地のひとつで、バンジャルヌガラ県に属すKawah Sikidangの一円
には、コピプルワチェンの作り売りをしているワルンがたくさんある。商売熱心な販売人
がシキダン火口を訪れた観光客に声をかけている。「マス、本場のコピプルワチェンを一
杯いかが?元気が出るよ。」

高原の冷たい空気の下で身体をぬくめてくれる温かいコーヒーは、高地に慣れない観光客
にとっておあつらえ向きのもてなしだ。おまけに昔から強精薬としてその名を知られたプ
ルワチェンが配合されているのだから、下界でめったに出会わないコピプルワチェンを本
場で試してみるのもきっと貴重な体験になることだろう。

プルワチェンというハーブはジャワ島にしか生えていない。しかも海抜2千3百から2千
6百メートルという高所で育つだけで、おまけに生育場所の自然環境を選び抜いて育つそ
うだから、希少植物というカテゴリーに分類されてもおかしくない。これまでもディエン
高原・ヒヤン山系・テンゲル山地でのみ発見されている。かてて加えて、この植物は種を
あまりたくさん作らないのだそうだ。おかげで人工的な大量栽培もなかなかうまく進展し
ない。とはいえ、高地部の農民たちの間でこのハーブは人気のある商品作物として栽培さ
れている。


プルワチェンの薬効は古代ヒンドゥ王国時代に既に発見され、その知識はジャワの歴代王
朝に連綿と伝えられた。プルワチェンの催淫性や用法が特に注目を浴びていたにちがいあ
るまい。古代の王侯貴族たちはプルワチェンをハーブ飲料にして用いていた。

この草を土から挽き抜くと、独特の心地よい香りが漂う。挽き抜いたあとはすぐに水で全
体を洗浄する。スンダ人お得意のララップとしてそのまま新鮮なのを食べても構わない。
生食をしても乾燥ハーブが持っている薬効と同じものが得られるので大丈夫だ。

最近の科学ラボにおける研究でプルワチェンは、植物の全体がハーブとしての働きを持っ
ていることが解明された。根と種には独特の辛味がある。中でも、ニンジンに似た形態を
している根の部分に有効成分がたくさん集まっている。

薬用機能としては、身体の血行を促進し、神経と筋肉を温め、うっ血をほぐし、排尿を促
し、鎮痛性を有し、解熱に効果があり、抗菌力と抗がん力を持ち、虫下しとしても使える
と解説されている。プルワチェンの薬効を確実に得るためには7〜15日間毎日服用しな
ければならない。

そういった薬用効果よりもはるかに強く、男性の性能力を高めるという能書きが古い昔か
ら俗説として広く世間に流布してきた。ヴァイアグラを筆頭にたくさんの化学薬品が「女
に奉仕する男を支える杖」として世界を席捲したとき、プルワチェンはジャワ人のお国自
慢の中に登場してその名をさらに高めた。コピプルワチェンを一杯飲んだ男は何人の女を
相手にできる力を授かるのだろうか?[ 続く ]