「ヌサンタラの紙(7)」(2024年04月09日)

グヌンキドゥル県トゥプス郡庁で教育文化局長を務めたスラムッ・ハルヤディさんが今で
は県内唯一のワヤンベベルのダランだ。かれは1999年に子供を対象にするサンガルを
開いて年若い生徒を集めた。ワヤンを教えるサンガルはたくさんあるが、ワヤンベベルは
そこでだけ教えられている。
スラムッは縦75センチ、横3.8メートルの白綿布に絵を描いて新作ワヤンベベルを作
り、それを生徒に教えている。そうしなければ、絵幕を扱わない語りだけの上手な生徒が
いくら増えてもワヤンベベルという芸能にならないからだ。

スラムッのサンガルに通って来る生徒は9人いて、毎週二回の稽古を熱心に受けている。
スラムッの生徒はしばしば開催されるワヤン芸能少年演者の大会でよく最優秀賞を得てい
る。そうでなくても、たいていいつも上位に入賞するのが普通だ。スラムッは語る。
「若者にダラン道を学ばせたいと思っている県民は決して少なくない。グヌンキドゥルで
人気のあるワヤンの種類はスラカルタ式ワヤンクリッ、ヨグヤカルタ式ワヤンクリッ、ワ
ヤンベベルなどだ。
県民の多くが次の世代にダラン道を学ばせたいと思っているのは、その職業に就かせたい
ということでなく、伝統文化に親しみ、それを自分の人生の憩いの一部として持ち、先祖
伝来の文化を連綿と子孫に伝えていってほしいからだ。だからわたしはやって来る入学希
望者をひとり残さず受け入れている。」

県内で行われるたいていの催事で、主催者が伝統芸能を慰安プログラムのひとつに加える
のは普通のことになっている。たとえば村の清掃勤労奉仕の日に、作業が終わってから少
年ダランによるワヤン上演を参加者全員が鑑賞するというようなことだ。子供たちの間で
伝統芸能の演者がスターになれる機会が用意されれば、ダラン道を学んでみようという意
欲も子供たちの間に広がって行くことだろう。


東ジャワ州パチタン地方にもワヤンベベルの伝統がある。グドンポル村カランタルン部落
に住むキ マルディ・グノ・ウトモさんは先祖代々伝えられてきたワヤンベベル芸能と絵
幕を現代に受け継いでいる第13代目の子孫にあたる。
マルディが受け継いでいる文化遺産は、マジャパヒッ王国のブラウィジャヤ大王がマルデ
ィの祖先であるキ タワン・アルンに下賜された褒美の品だという由緒がその一家に代々
語り伝えられている。重病になった大王の姫君をキ タワンが快癒させたのがその褒美に
まつわる事情だったという話だ。
17世紀に作られたそのワヤンベベルは6つの絵幕から成っていて、巻物になっている各
絵幕には4つのシーンが描かれており、ババックディリから採られたパンジ アスマラバ
グンとデウィ スカルタジが放浪と邂逅の果てに思いを遂げる恋愛ドラマが一時間半かけ
て物語られる。
ところが全部で24あるシーンの最後の絵を観客に見せてはならないというタブーがマル
ディの一家に代々伝えられているのだ。その最後の絵で物語られるのは、パンジとデウィ
が王宮に入りふたりはひとつの家庭を作ってめでたしめでたしというハッピーエンドのス
トーリーであるにもかかわらず、そのときに最後の絵を観客の前に開いて見せてはならな
いのである。その理由はどうやら、その絵が社会の風紀を乱す恐れがあるからということ
らしい。[ 続く ]