「世界を揺さぶったスパイス(41)」(2024年06月21日) 【カンファー(樟脳)】 遠い昔からインドネシア産スパイスとして珍重されたもののひとつにkapur Barusがある。 スマトラ島のバルス地方に産するカプルの話はアラブ・ペルシャ・中国の古い書物にしば しば登場した。旅行見聞録・植物学・医学・薬草学などに関する書物には必須の知識にな っていたようだ。 物産としてのカプルと呼ばれる品物は香油を含んだ木の幹の芯の部分であり、それはカプ ルと呼ばれる木から得られた。そうなると、カプルという言葉が木を指しているのか、そ れとも物産の方を指しているのかは、文脈の中で判断しなければならなくなる。 現代インドネシア語でkapur barusはkapur Barusと異なる概念になっており、はなはだや やこしい状態になっている。大文字Barusのほうは地名であり、バルス産のカプルを意味 している。ところが小文字barusはkapurと組み合わさった複合語になっていて、カンファ ー(インドネシア語はkamper)を意味している。 元々カンファーという物質はバルス産カプルの木から得られたのだから、何もおかしなこ とにはならなかった。だからバルスが大文字で書かれようが小文字で書かれようが、問題 はなかったわけだ。そして結局のところ、kapur barusと小文字で書くことによってバル スのカプルとカンファーという二重の意味が文脈によって決まる状況に至った。 kapurというのはムラユ語源の言葉であり、サンスクリット語でkarpura、タミール語で karpooramという言葉になった。一方アラブ人はkafurと呼び、そこからヨーロッパ語に入 ってcamforaやcamphreなどになり、現代英語のcamphorへとつながって行ったようだ。そ れらの中でオリジナルのカプルに一番よく似ているのがアラブ語のカフルであり、アラブ 人がスマトラ島のバルスまでやってきていたことを推測させる根拠のひとつにされている。 ともあれ、kapur Barusから採れる物質がヨーロッパでカンファーという名前になったの だから、元をただせば同じものと考えてかまわないように思われるものの、現代化学がそ の代替品としてまったく違うものを生み出し、代替品が本来の物と同じ名称を与えられた ために一大混乱状況に陥ってしまった。 更にややこしいことに、kapurという単体のイ_ア語は石灰を指す用法が現代ではマジョ リティを占めていて、カンファーとはまるで関係のない物質を意味している。もちろん、 バルスという土地のカプルという言葉で表現されるカプルは樹種の名称として存在してい たものであり、この木が人間生活の中から消滅しかかっている現状が樹名のカプルをマイ ノリティにした原因ではないかと考えられる。 スパイスとしてのカンファーを説明する本項はカプルを樹名として扱い、石灰の意味はま ったく持たせていないので、その点の了解を読者にお願いいたします。 カプルバルスの木は学名をCinnamomum camphoraと言い、日本語ではクスノキに該当して いる。クスノキから採れる芳香性物質が樟脳であり、それが英語でカンファーと呼ばれ、 古代から香料として珍重された。[ 続く ]