「世界を揺さぶったスパイス(49)」(2024年07月03日) それにもかかわらず、インドネシアでクムニャンは相も変わらず祖霊を招き悪霊を払う儀 式に使われているばかりだ。それが一般消費者にとってクムニャンをますます縁遠いもの にしている。ヨーロッパでは小さい売店でクムニャンが売られている。スカンジナビア地 方ではクムニャンの用途が研究されて、いまでは調味料として一般消費者が使うものにな っているそうだ。 しかしパンチュルバトゥ村に住むボントル・バナルさんのクムニャン仕事は少し違う様子 を示している。かれは月曜日の朝、アディアンコティン地区にある一族の森へ徒歩3時間 かけて向かう。森には生産期に入ったクムニャンの木が7百本もあり、数日間森の中でク ムニャンの世話をし、できた樹脂を収穫し、時には古い木の近くに新しい木を植える。 ボントルはクムニャン木の若返りを1979年から行うようになった。通算でかれが手掛 けた木は2千本にのぼるだろう。かれは森の中に自分で高床式の小屋を建ててベースキャ ンプにしている。小屋には炊事道具や寝具などが置かれていて、家を出るとき、食材を持 ってそこへ行くのだ。 木の世話というのは、自分の持っているすべてのクムニャン木に寄生した植物を取り払い、 棲み付いた寄生虫を一匹一匹追い出し、木が完璧な生育を行えるような状態にしてやるこ とだ。かれはその世話の仕方を自分で見つけ出した。 幹に傷を付けると樹脂がたいへん緩慢に滲み出してくる。3ヵ月という時間をかけて溜ま った樹脂をかれは皮ごと収穫し、家に持ち帰ってから樹脂と皮を分離する。分離したもの をグレード別に分別してから仲買人に売る。樹脂がくっ付いていた皮も売れるのだ。ボン トルは木曜日あるいは金曜日に森を出て自宅に戻る。 ボントルが収穫物を売り渡している仲買人は、ボントルから買った商品をプルウォクルト やスマラン、あるいはリアウ島嶼州に送っている。そこからシンガポール・マレーシア・ インド・フランス・ドイツ・台湾に輸出されているとかれは言う。「船積み先はシンガポ ールからの指示で行われている。多分、シンガポールでそれらの輸出先が決められている ようだ。クムニャンは昔から国際的独占商品だったから。」 その仲買人は毎月3トンのクムニャンを取扱い、数十億ルピアの金を回転させている。銀 行借入れなどしたことがないそうだ。かれの一家は祖父の代からクムニャンの仲買人を始 めて、いまではたいへんな成功者になっている。 フランスではクムニャンを精製して香水が肌に接着する性質を高めるのに使っている。ド イツでは薬剤の劣化を小さくするために使われている。精製したあとの残りかすが中国や インドでは薫香の素材に使われている。しかしインドネシア政府はクムニャンの生産にせ よ商品開発にせよ、いまだかつて何をしたこともない、とボントルも仲買人も語っている。 たいていの農産物について政府は生産効率の向上や品種改良、また化学ラボでの調査研究 で新商品の開発に役立つ成果を民間に提示しているというのに、クムニャンに関してはそ んな活動がほとんど行われず、中央政府の農業指導員がクムニャンの生産改革のアイデア を携えてタパヌリ地方にやってきたことなど一度もないと現場のひとびとは残念がってい る。[ 続く ]