「世界を揺さぶったスパイス(51)」(2024年07月05日) チュンダナの樹は高さ12〜15メートル、幹の直径20〜35センチになる。葉はあま りびっしりと生えず、まばらだ。乾燥気候の土地を好み、土が水に浸かると若い木は死ぬ 可能性が高い。ヌサトゥンガラのサバナ気候と石が多くて湿り気の少ない土壌はチュンダ ナの生育に最適だと言える。 チュンダナの幼樹は寄宿性が強く、生育するための栄養を宿主に頼らなければならない。 自分が生育するための養分を土壌から摂取する力が弱いのだ。加えて、その宿主になる樹 種との相性がまた生育に影響を及ぼすために、この樹はとても育ちにくい樹とされている。 しかし幼樹の時期を過ぎると樹は力を蓄えて自分で生きていくようになる。そして30年 以上経過すれば、高価な香木がその身を人間に差し出してくれるのである。石だらけの荒 れ地で育ったものほど、芳香のクオリティが高いと言われている。 チュンダナの木ならびにそれから取られた揮発油は香水・化粧品・防腐剤・室内芳香剤な どに使われる。中国人は昔から寺院での祈祷祭祀のために使ったし、その木を素材にして 木像・数珠・十字架その他のアクセサリーなどを作った。 ティモール島では昔から、ハチミツとチュンダナの樹が祖霊からの賜り物と考えられてき た。地元の言葉でそのふたつはningkam-haumeniと述べられる。地元民の伝統儀式では呪 文を唱えるアダッの長老が必ずその言葉を口にする。外来の賓客を迎える儀式にもその言 葉が語られて、「甘い蜜とチュンダナの芳香に満ちた土地にどうぞお入りください」とい う歓迎の趣旨が賓客に表明されるのである。 ティモール人がチュンダナの樹を植えるとき、あるいはハチミツを収穫するとき、作業に 先立って簡単な儀式と感謝を捧げる呪文が唱えられる。そのふたつの林産物は祖先からの 贈り物なのであり、それらを粗末に扱い、破壊し、またごまかしたり非公正な取扱いをす ると、祖霊の怒りに触れると地元民は信じている。 チュンダナの樹を植えるとき、ひとびとは祖霊をそこに招き、その樹の順調な生育を見守 り、手を差し伸べてくれるように祈る。樹を移し替えるときにも同じことが行われる。お かげでティモール島のチュンダナの樹は山いっぱいを埋め尽くすほどの盛況を歴史の中で 垣間見せたのだ。ティモール産チュンダナの流通に関してギユマールは1894年に、ブ ギス人が重要な役割を担っていると書いている。 一方、アロル島にはオランダ人が目を向けた。VOCの船がチュンダナを買いにやってく る島はアロルがトップグループに置かれていたそうだ。アロルで育ったチュンダナは高品 質だとされており、樹齢十数年で既に強い芳香を放つ。VOCは地場の王たちを抱き込ん でチュンダナを独占購入し、商品を大量に用意させてヨーロッパに運んだ。それが自然林 を貧しくさせる原因になった。 フローレスからのチュンダナ輸出が1920年から始められた一方で、ティモール島のチ ュンダナは昔の山一面を埋め尽くすような風景を昔語りにさせてしまった。ヨーロッパ人 の来航が濫伐を引き起こして自然林を崩壊させ、さらに樹の根から揮発油を採取する方法 が考案されたために、根まで掘りつくされてしまったのだ。 それでも住民は小規模に植樹をしながらチュンダナで生計を成り立たせていた。そんな状 況に冷水を浴びせかけることが、インドネシアが独立したあとで起こったのだ。ヨーロッ パ人支配者の真似だと住民から批判された州政府の政策がそれだった。 そのとき、東ヌサトゥンガラ州でチュンダナの樹が激減する事態が起こったのである。何 百年も昔から高価な香木として高い商品価値を持っていたチュンダナは、封建領主が、そ してやってきた西洋人が独占物にした歴史をだれもが知っている。それを現代の東ヌサト ゥンガラ州庁がまた繰り返した。州条例1986年第16号で、州領内に生えているすべ てのチュンダナを州政府の資産にしたのだ。[ 続く ]