「茶碗の中の指輪(4)」(2024年07月25日)

マレーシア語には、今回のテーマから外すことのできない面白い単語がもうひとつある。
それは日本語のまぐはひを意味するマレーシア語のひとつなのだが、実に即物的な表現に
なっているために異文化人の論理性に強く訴えかけてくる言葉に感じられるのである。

動物・植物の雄雌という性別を指すインドネシア語にjantanとbetinaがある。ブティナは
プロトマレー語に由来している一方、ジャンタンはムラユ語源とジャワ語源の二説がある。
現代インドネシア語でそれらは人間の性別を示すのに使われず、人間以外の動植物に使わ
れている。古ムラユ語では人間にも使われていたそうだが、マレーシアでさえ、そういう
語法はもうなくなっている。

人間に対して使われる場合はジェンダー価値観に従う形容詞として働き、ジャンタンの場
合は男らしい強さ・雄々しさを称賛するのに使われ、ブティナは男が期待する女としての
性質や行動に不足がある者という意図で誹謗するネガティブな使われ方になるのが普通だ。
その点は日本語とそっくり同じではないだろうか。

そしてインドネシア語におけるこのジャンタンとブティナの語義と用法はマレーシア語と
寸分違わない。おお、やはりインドネシア語とマレーシア語は同じだったのだ。

その二語をひとつにまとめて造語が作られた。jantinaだ。この言葉はKBBIに採録さ
れているから、インドネシア語にもある。ただし、語義が同一ではないのである。ああ、
やはりインドネシア語とマレーシア語を同じと考えてはいけないのだ。


マレーシア人はこの言葉にまぐはひの意味を与えて使うようになった。人間は成長すると
オトコオンナをする、いやオスメスをするのかな?小さい子供にでも解りそうな言葉では
あるまいか。もちろん小さい子供に具体的な内容を教えてはならないのだが、暗闇の中で
男女が何かをしていることは小さい子供もきっと察していることだろう。

ところがインドネシア人はジャンティナをまぐはひの意味でほとんど使わない。むしろ日
本語の男女(オトコオンナ)、つまり性同一性障害者の意味で使われるのが普通なのであ
る。いわゆるオカマやオナベという言葉に対応するインドネシア語にはオトコオンナを組
み合わせた複合語がいくつかある。
waria = wanita + pria
wadam = wanita + adam
jantina = jantan + betina
マレーシアでのジャンティナの用法にも同じものがある。

内容が錯綜してきたから、ちょっと整理しよう。jantinaという言葉は基本的に性別とい
う意味で作られたもののようだ。英語でgender、インドネシア語ではjenis kelamin。ち
なみに英語のgender equalityのインドネシア語訳はkesetaraan genderだが、マレーシア
語ではkesaksamaan jantinaとなる。

KBBIでもKamus Dewanでも、jantinaの第一語義は性別、そして性同一性障害がその次
に書かれている。インドネシアでこの言葉はあまり市民権を得ておらず、インドネシア人
が使う場合は性同一性障害の意味が多いような印象をわたしは抱いている。

一方、マレーシアでは性別の意味の使用頻度が高く、社会生活における常用単語になって
いるように見える。そして性同一性障害の意味でも使われる。ところが俗世間的な用法と
してマレーシアではまぐはひの意味でも使われるようになった。というのが本項のまとめ
になる。

インドネシアにいる時は、まぐはひの意味でジャンティナを使うのはやめたほうがいいだ
ろう。「あんたはオナベだ。」という意味に解釈されたら、ほっぺたを張られて自分の膝
を抱いて寝ることになる可能性が高いのだから。


プキの話にもどろう。昔ジャカルタの某日本スーパーで面白い現象を見た記憶がある。日
本の「ふき」がその店で売られていたのだが、商品表示札に奇妙な綴りが書かれているの
にわたしは気付いた。[ 続く ]