「インドネシア鉄道史(77)」(2025年12月26日)

1922年に建てられたタカラル駅舎は今、住居として使われている。その家の居住者で
あるハリファさん35歳はその経緯についてこう物語った。そこが最初は駅舎として建て
られたことをハリファは知っていた。10年前までその建物は産院として使われていたの
だ。ハリファは助産婦であり、そしてタカラル村保健所の臨時社員として働いていた。

ハリファの住んでいる建物は今でもしっかりと残っているジョガヤ駅とよく似た構造にな
っていて、そこが間違いなくタカラル駅舎だったことを告げている。この路線でまだ原形
を維持している駅舎はタカラルとジョガヤのふたつだけだ。

タカラル駅は路線の終着駅であるため機関車を方向転換させるためのターンテーブルが設
けられていた。今はターンテーブルの軸を支えるコンクリート構造物だけがその遺跡とし
ての姿をさらしている。

駅の近くに住んでいる71歳の老人がタカラル駅舎の周囲に設けられていた諸施設の説明
をしてくれた。蒸気機関車に給水する水を溜めるコンクリート製のプールや、昔浴室だっ
た建物の残骸くらいしか、今では目にすることができない。

別の80歳の老人は子供のころに母親から聞いた鉄道の話を記者に語ってくれた。母親は
ラッポカッレレンから汽車に乗ってマカサルへ行き、オランダ人の家で料理を作っていた
そうだ。

タカラル周辺の鉄道線路跡地は今、カルクアンから先の17KMほどが灌漑用水路に転換さ
れており、線路の跡をたどるのが容易だ。またパレッコッ川の鉄橋も用水路に使われてい
る。その鉄橋には、線路はなくなっているものの枕木がいまだに残っていた。

STCは法規で定められたタカラル〜マカサル〜マロス〜タネテというルートとは別に、マ
カサル〜パレパレ〜シンカンのルートおよびパレパレ〜チャベン〜ワタンポネのルート、
そしてピンランとラッパンへの支線を視野に入れて鉄道網の建設を考えていた。ピンラン
とラッパン地方への延長は地勢が平坦で十分な住民人口があり、米の生産量が大きかった
ために他地方への米輸送の将来性が期待できたからだ。しかしそれらの構想は世界恐慌に
よって夢と化してしまったのである。


スラウェシ島から鉄道が姿を消してから一世紀が経過しようとしている。そんな過去の歴
史とは関係なく、インドネシア国鉄はスラウェシ島の海岸線を周回するトランススラウェ
シ鉄道路線の構築計画を明らかにした。その第一ステップとして2015年11月3日に
南スラウェシ州バッル県タネテリラウ郡ララバタ村で線路敷設工事が開始された。全長お
よそ145KMのマカサル〜パレパレ区間がトランススラウェシ鉄道路線の皮切りになった
のである。2022年10月29日からガロンコン〜マギル区間での試験運行が2カ月間
行われ、一般市民に無料開放されたので、乗車率は100%に達していたそうだ。

その建設工事は2023年にマロスに到達して、マロス〜ガロンコン区間の公式運行が2
023年3月29日に開始された。2024年2月には政府運輸省が、その区間での乗車
率が75%に達していることを公表している。建設計画では2030年にマカサル〜パレ
パレ間の公式運行開始となっているものの、関係者の中からもっと早い時期に開始される
可能性があることを指摘する声も聞こえている。[ 続く ]