「スンピッ(1)」(2026年01月21日)

タイトルを見た読者の多くが、今回は箸の話かと思われたのではないだろうか。残念なが
らsumpitはKBBIで箸を第二語義としており、第一語義は吹き矢に使う吹き筒を指して
いる。また吹き矢という行為に関する派生語を作る際の語幹にもなっている。第三・第四
語義として海産魚の一種やパンダン葉で編んだ袋などもあるがここでは取り上げない。

マレーシア語のsumpitも同じで、吹き筒が第一語義になっている。ところがマレーシア語
のsumpitには箸の意味がない。マレーシア人はsumpitという言葉を箸の意味で使わないよ
うだ。マレーシア語の箸はsepitあるいはpenyepitとされている。一方、インドネシア語
にもsepitという語があって、マレーシア語のsepitと同じ意味を持っている。そうすると
インドネシア語で箸は語幹の違う言葉がふたつある一方、マレーシア語はひとつしかない
ということになりそうだ。


英語Wiktionaryを見ると、箸の意味で使われるインドネシア語のスンピッは福建語の栓筆
(発音はsng-pit)に由来しているという説と、プロトマレーポリネシア語やプロトオー
ストロネシア語のsupitに由来しているというふたつの語源説が記されている。またマレ
ーシア語のsepitもプロト諸語のsupitも「挟む道具」を意味しているから、元々は同じ言
葉であり、人間の口が作り出す訛りのために枝分かれしたように推測できる。

福建人は食事の時に使う道具を箸と書き、tiと発音していて、栓筆という言葉が福建語の
中で箸の意味で使われているわけではない。それどころか、中国語AIは栓筆という言葉を
認知せず、この言葉が外国語の音写のために使われている可能性を指摘している。

福建語の栓も筆も意味は日本語で使われている同じ漢字と同一だ。日本人であるあなたは
栓筆という二字熟語から「箸」を連想するだろうか?形や使い方に類似性がないとは言え
ないものの、箸という道具を筆という漢字を使って表現するイメージ力をわたしは持って
いない。

ベチャの語源は馬車であるという例にも見られるように、それらは語源でなくて既存の外
国語に対する福建語での音写という逆の方向性から見るべきものではないかとわたしは感
じている。ひょっとしたら、それらはインドネシアに住む福建人が音と意味の類似をヒン
トにして作った語呂合わせではないかという気さえ、遊び心の旺盛なわたしにはするので
ある。

その福建人が語源はこれだと胸を張って唱えたのかどうかまではわからないものの、洒落
の遊びを真に受けてそれを語源だと認めているインターネット社会はいつまでアカデミッ
クな権威を保っていられるのだろうか?愚痴を言わせてもらうなら、人類がインターネッ
トインテリジェンスに依存して自分の脳の使い方を変化させていけば、またひとつ拝跪す
る神が増えるだろう。人類は危険な道を歩んでいるような気がしてならない。

sumpitの第一義である吹き筒をインドネシア人はsumpitあるいはsumpitanと呼んでいる。
接尾辞-anが添えられた目的がよくわからないが、箸と吹き筒をそれで一対一対応させれ
ば多義性が消滅するから便利だろう。箸には-anが使われないようだ。[ 続く ]