「人生相談・其五」(2026年02月24日) そのタイプの人がそばにいると、いつも欠陥や非難が耳に入って来て雰囲気がぶち壊され、 良い気分になれません。ボヤキ人間は自分の性質や習慣を隠そうとしません。初対面の相 手に対してすらいつものスタイルで関わって行きます。かれらは頻繁にネガティヴィズム の流れに身を任せ、ヒューマンコンタクトをそのモノトーンで塗りつぶします。 その時だけ哀しみやブルーなムードに覆われている人間とボヤキ人間の区別はすぐにつき ます。普通の人間は他人を見てその長所短所や好き嫌いを指摘するのに反し、ボヤキ人間 の目には短所や嫌いな面しか映りません。かれらはぼやくことが大好きであり、それが重 要な自己表現になっているのです。 かれらは出会った人間に対してネガティヴィズムの対応姿勢を執るので、かれらを前にし てあなたが何をしたいと言おうが、かれらは「それをするべきではない、間違っている」 というコメントを繰り出してきます。この天の邪鬼人間にとっていかにすべてのものごと がよくないものだらけであるかということを思えば、かれらが出してくる忠告やアドバイ スが偏見に満ち満ちていることがわかるでしょう。 奇妙なことに、かれらの思考回路にべた一面、この世の中は悪いことだらけというセオリ ーが散りばめられているように見えるにもかかわらず、かれらは他人のネガティヴィズム をも否定する振舞いを示すのです。たとえばあなたが会社の業務についてぼやいたり、あ るいはカノジョに振られたというような話をすると、かれらは多分こう言うでしょう。 「そんなことでぼやいたりせずに、その事実を受け止めることだよ。生きることって所詮 そんなものなんだから。」 そういう性格が露骨に反映されることがらのひとつがかれらの健康問題です。たいへん危 険な症状ではないだろうかと医師に思わせるようなことをかれらは頻繁に訴えるのです。 一般の病人があまり口に出さない身体部位での痛み・疼き・痒みなどを訴えて、一体何の 病気だろうかと医師を戸惑わせます。かれらがあなたに身体の不調を訴えたとき、あなた が「医者へ行ったのか?」という質問をすれば、こんな答えが返って来るでしょう。「私 のドクターは何もわかってないんだよ。」 ジョン・ブロック博士はボヤキ人間が作られる家庭環境について、こんな説明をしていま す。家族の中のキーパースンのひとりがボヤキ人間である家庭で育った子供はボヤキ人間 になりがちだ。なのでその子供が成長したとき自分の知識内にあるすべてのものごとはボ ヤキの対象になると考える。たとえ思春期に家の中のボヤキ屋キーパースンに対する「あ んな姿勢で生きていくのはまっぴらだ」という意識を抱いたとしても、それによってまっ たく正反対の人間になることはない。成長してからは自分自身について、「自分もまあ多 少はボヤキ人間になっているかもしれないが、あれほどじゃないよ」と自分の子供時代の 家庭を彩っていた人間との対比を行う。ところが他人の目にかれらは瓜二つに映っている のだ。他人はアブノーマルなネガティブさをかれから感じるのに反し、その本人は自分を ノーマルだと意識している。 もうひとつある別のタイプの家庭はそれとまったく正反対で、親が子供にボヤキを絶対悪 として禁止する。何に関してであろうと子供が愚痴やボヤキを口にすると、親はそれを禁 じる。親が不明朗な宗教意識の強い人間だったり、あるいは悪い噂に極端に神経質だった りすると、子供が家の中で語る話は厳しく検閲されて、愚痴やボヤキはしていけないこと として抑圧される。子供は成長するにつれてその捌け口を家の外に求めるようになり、出 会う人ごとに悪い話を聞かせようとするようになる。 自分の話に付いて来ない人間は自分に味方しないのだから敵になる。そして自分は他人か ら誤解されていると感じる。自分はまともで正しいことをしているにもかかわらず、自分 と同じ見地に立とうとしないで無視する人間は後々困った状態に陥ることになるぞ、とい う言葉がかれの内心にこだまするのである。[ 続く ]