「労働蔑視(4)」(2026年03月04日)

この制度は本質的に、全国民に仕事を休めと命じているのではないのだ。国民の中のチュ
ティという権利を持つ者が、法や契約で定められたチュティ日数とは無関係に、政府がエ
キストラのチュティをかれらに与えているものと解釈できる。だから国会をはじめとして
誰一人、政府のこの新制度に対して反対を表明し、キャンペーンを張るようなことが起こ
らなかった。

チュティなどとはまったく無関係に生計を営んでいる国民には何も関係のないことであり、
かれらは普段通りに店を開き、作業場で働き、消費者にサービスを行っている。休みたけ
ればいつものように「本日閉店」を貼りだしておけばそれで済む話なのだ。


この制度発足時に「これは公務員だけを対象にしている」という解説が大々的に報道され
なかったことは、民間企業、中でも外資系の反応を慮った結果ではないかという邪推をわ
たしにもたらした。民間企業の従業員たちを休ませるには、鎧の上に国民一斉休暇の衣を
かぶせる方が抵抗が薄いだろうという為政者の深謀遠慮かもしれない。

この制度開始時に労組に一杯食わされた企業は労働協約の中にそれが反映されているはず
だ。政府が決めるチュティブルサマを休日扱いするという一項を労働協約の中に盛り込ん
だ企業は、その日社員を働かせると休日出勤手当を支払わなければならない。休出を社員
の自由意志に委ねている会社は人件費が増加するのである。

本論冒頭の数字は公的な休日だが、インドネシア人は一般的にharpitnasという休日を私
的に持っている。このhari kejepit nasionalというのは日本で言う飛び石連休の中の、
休日にはさまれた労働日を指している。公的な休日hari libur nasionalと土日、あるい
は別の休日にはさまれた労働日を私的に休みにしてしまう行為がしばしばハルピッナスと
呼ばれている。2025年にハルピッナスとして使われそうな労働日が3日ほどあるよう
だから、ひとによっては今年の休日を130日あると見なしているかもしれない。そうな
るとかれやかの女は一年の35.6%がお休みということになるだろう。これはきっと、
良い年になりそうだ。なにしろ、ルバランホリデーは9連休になっていて、その直前のニ
ュピの休日を加えると11連休になるのだから。今年の超大型連休は2018年の12連
休以来の快挙だったのではあるまいか。

たいていのひとが困るのは、一週間や十日などという長い休みが続いたあとで久方ぶりの
出勤日がやってきたとき、気持ちは出勤しなきゃと思うのだが、脳も身体も働くというこ
とを忘れてしまい、家に居続けようとするのである。それを鋼鉄の意志で断固排除し、会
社に来たのはいいとして、脳も身体も働くことを忘れてしまったのだから、終日ぼんやり
と過ごして17時数分前にタイムレコーダの前で行列を作って時間待ちをするようなこと
になりかねない。勤労崇拝人間の眼から見れば、休み明けも休日と大差ないというように
見えることだろう。ほら、非労働日がまた一日増えた!

イ_ア国民の代表者は高額な報酬をもらっている一方で、会期と会期の間に休会期という
お休みがあり、公的な休日がプラスアルファされる。休会期は2週間だから、国会が一年
に四回会期を持つなら、ほぼ2カ月の休日が追加されるということだ。その休日を利用し
て代議士先生方はあちこちに公費で視察旅行を行なう。あるとき、オランダの議会活動を
見学するため、国会議員の団体がヨーロッパに向かった。いざオランダに到着したところ、
オランダの議会は休会期に入っていた。代議士先生方とご夫人たちは『仕方なく』観光と
買い物に精を出したという話がインドネシアの新聞にスッパ抜かれたことがある。[ 続く ]