「労働蔑視(終)」(2026年03月10日)

そのような自分の肉体を使う行動が「労働」の範疇に属し、他人よりも多くの労働をする
ことが人間の高貴さ下賤さという社会的プライドに関わってくる場において、いったい誰
が他人の目に卑賎な人間として自分の姿を投影しようとするだろうか?その行動は卑賎な
役割の人間が行なうべきことなのだ。社員たちのジョブディスクリプションには「社内で
汚い場所を綺麗にする」という業務内容など書かれていないではないか。

ところがその現象を目にした異文化の人間は、「イ_ア人は怠け者だ。自分の職場に落ち
ているゴミすら拾おうとしない。」と断罪するかもしれない。これは単なるお粗末な異文
化理解の一例だろう。

インドネシアの習慣として、オフィスの掃除はオフィスボーイあるいはクリーニングサー
ビスにその仕事がアサインされている。事務職員のジョブディスクリプションにそれは入
っていないはずだ。これは自分が居る環境をきれいにするしないの問題ではなくて、オフ
ィスに仕事をしに来ているインドネシア人勤労者の原則問題だろうとわたしは思う。

経理の事務職員が調達や営業の商談に首を突っ込んで来るだろうか?他人にアサインされ
ている仕事にそうでない人間が手を出してくるような組織は明らかにおかしいのではある
まいか?

そのゴミを誰が落としたのかということもひとつの要因になるような気がわたしにはする。
自分たちが仕事をする環境をきれいに保とうというコンセンサスを作れば、自分が何かを
落とした時にそれを自分で拾うようになるはずだ。他人が捨てたゴミを別の人間に拾わせ
ようとするから、不都合な労働が発生するのではないだろうか。ゴミを拾うように命じら
れた本人が、自分にオフィスボーイの仕事を押し付けられたと感じる可能性は小さくある
まい。


お粗末な異文化理解と言えば、高校・短大・専門学校などを卒業した青年男子が就職活動
をしないのを見て「イ_ア人は怠け者だ。学校を出たのに就職して働こうとしない。」と
語る日本人もいる。働くというのは就職することであり、事業所に雇われて労働すること
だけを働くことと見なしているのは上で見たように語義の混乱だろう。

インドネシアの事業所もピンからキリまであり、中企業の実態がどうなっているのかわた
しはよく知らないが、小企業や零細企業に至ってはほとんど労働監督行政の目が届いてい
ないのではないかとわたしは思っている。つまり就業規則もなければ労組もなく、雇用し
た者との雇用契約もない。雇われた者はその業務に関する教育を与えられることもなく、
その職場の長が命じることを行うロボット役を務めるだけ。給与の基本は最低賃金であり、
毎年の最低賃金のアップが昇給ということになる。10年以上働いているのに給料は最低
賃金のままという人間は、わたしが現役の時代には世間にざらにいた。

だから普通は3〜4年その仕事に就いて身体で仕事を覚え、そこを辞めて新しい会社に就
職し、採用時の条件として最低賃金より高い給与を要求するというのが、かれらの現実的
な昇給のあり方だった。ジョブホッピングする勤労者の移動は激しく、従業員に職業教育
と訓練を与えるのはジョブホッピングするタイミングを早めるだけというのが実態になっ
ていたのだ。


もちろん大企業から中企業の上部クラスが属している世界は条件が違う。その世界では日
本のような就活が行われているとはいえ、その世界に入ろうとする人間の標準は高学歴者
だ。高卒や専門学校あるいは短大卒の何パーセントがその世界に入れるだろうか?毎年2
〜4百万人の新卒者が労働人口に加わっているのに対して、そういう勤労上層世界にどれ
くらいの求人が発生しているだろうか?

2〜4百万人の大部分の者はそんな世界への就活がナンセンスであることを自分が一番良
く知っているはずだ。ならば労働条件のお粗末な世界に向かうのか?そういう若者がいな
いわけでは決してない。だがそんな世界の事業所にはジョブホッパーが年中いくらでもや
ってくるのである。ありきたりの新卒者がいかに悪条件の中に置かれているかということ
はもう明らかだろう。

それでも若者たちは親のすねかじりという立場を脱け出してチャリウアンの道に足を踏み
入れなければならない。たとえ定職がなくとも金稼ぎの術を身に着け、将来足腰の立たな
くなる親を養って一家を引き継ぐ能力を、世渡りを通して獲得していくのがインドネシア
に生まれたかれらの人生の姿になっているとわたしは見ている。

そんな環境の中で生計を稼ぐやり方はいろいろとあるようだ。特に顕著なのは、自営業者
になる方法だ。もしもその事業がヒットすればかれは事業主になり、事業を拡大するため
に他人を雇用するようになる。そのようにしてその事業が零細企業や小企業に育ったとき、
そこで行われる雇用者への労働条件はまた世間一般のものになるだろう。そしてそれでも
いいからと言う若者がやってきて従業員になるのである。そんな労働条件は嫌だという若
者は就活などしないのだ。[ 完 ]