「ジャワの大砲(1)」(2026年03月11日) モンゴル王朝の元という国が建国されたのは1271年で、元が中国全土を統一したのは 1279年のこと。日本には1268年に、服属を求める元の最初の使節として高麗人が 訪れている。中国を支配するようになった元は南洋にも服属を求める使者を送った。その ころジャワ島を支配していたシ~ガサリ王国にも1280年に使者が派遣されてきた。 服属すれば貢納が当然の帰結になるばかりか、ヌサンタラというひとつの商業経済圏が元 の船に踏みにじられて域内の富が独占されるかもしれない。これまでヌサンタラは東西か らやってくる諸民族の船との間で自由貿易を行い、そこに発生する効果によって共存と繁 栄を域内諸国が享受していたのだ。長い歴史の下で築かれたヌサンタラの伝統が破壊され れば、今ある域内の政治経済体制に大変動が起きるだろう。その懸念はそれから数百年後 に、ヨーロッパ人によって現実化されたのである。 スリウィジャヤの時代から、南洋世界のヘゲモニーは支配被支配の色が希薄な性格をして いた。それは人間の人間に対する優しさの表れだったのかもしれないが、同時に酷薄な人 間に対する甘さ弱さにもなった。 クルタヌガラにとってヌサンタラの中に存在するジャワという立国条件を揺さぶる外来の 脅威に立ち向かうのは当たり前のことであり、かれはそれをシガサリ王国の存亡を超えた ことがらに位置付けた。異民族が作った大国の属国になることによって域内秩序に変動が 生じれば、シガサリ王国を成り立たせていた基盤に動揺が起きるだろう。そんな計算と一 緒にかれのプライドが叫んだ。「このわしがクビライの足に口付けするわけがない。」 クルタヌガラ王は使者の服属要求を拒否した。 その後も使者がシガサリにやってきて、元の覇権を認めて服属することを要求した。12 81年、1286年とそれが続き、そして1289年にやってきた使者の孟?にクルタヌ ガラは堪忍袋の緒を切らせた。使者の顔に焼き鏝を当て、耳を切り落として追い返したの である。元朝皇帝クビライ汗の怒りが爆発した。 元の威勢をないがしろにする野蛮人を懲らしめなければ他の服属国に示しが付かない。1 292年3月に皇帝はジャワ島侵攻軍の進発を命じた。福建省・江西省・湖広省から2〜 3万人の軍勢を集めて1千隻近い船団に乗せ、南シナ海を押し渡ってジャワ島に攻め込む のである。 この侵攻軍の司令官に任じられたのはモンゴル人史弼Shibi、南洋への航海経験を持つウ イグル人亦黒迷失Ike Mese、中国人高興Gaoxingの三人だった。 一方クルタヌガラは必ずやってくるであろう元軍の侵略に対抗するためにヌサンタラを連 合軍で固める戦略を立て、1290年にスマトラのムラユ王国に同盟を誘う軍勢を派遣し た。パマラユと呼ばれている軍事キャンペーンがそれだ。 大軍をスマトラに派遣すれば、シガサリの王都クタラジャの防備が手薄になる。そのチャ ンスを捉えてクディリのアディパティであるジャヤカッワンがクルタヌガラ王を攻めて1 292年に滅ぼした。 元々このシガサリ王国というのはクディリ王国に服属するトゥマプルという名の一地方だ った。地場の領主トゥングル・アムトゥンを殺して妻のケン デデスと領地を奪った宮殿 警備隊長ケン アロッがクディリ王国に謀反し、戦争で勝利した結果1222年に王国を 興してジャワ島の覇権を手にしたという歴史がある。 ジャヤカッワンはケン アロッに敗れてジャワ島の覇権を奪われたクディリ王家の子孫で あり、その謀反はクディリがかつて持っていた覇権を奪い返す行動だったという見方も可 能だろう。ケン アロッの子孫であるクルタヌガラの代になってクディリの子孫ジャヤカ ッワンが先祖の復讐を果たして覇権を取り戻したという理屈になる。この謀反劇にはマド ゥラのアディパティが絡んでいるのだが、ここでは触れない。 クルタヌガラの娘婿だったラデン ウィジャヤはジャヤカッワン反乱軍の攻撃から九死に 一生を得てマドゥラ島に逃れた。家族をクディリに人質として連れていかれたかれはマド ゥラのアディパティを頼ってジャワ島を離れ、再起を図って徐々に行動を開始する。そん なときに元軍のジャワ島侵攻が行われたのだ。 ラデン ウィジャヤは元軍を使ってジャヤカッワンを滅ぼすことをたくらみ、進攻して来 た元軍を手引きした。元軍に最新状況を説明し、ジャワ島の覇権を握っているのはシガサ リでなくクディリであることを教えて元軍にクディリを攻撃させ、そのために必要な地元 の情報を元軍に提供したから、元の侵攻軍司令官はその幸運を喜んだ。 元軍の攻撃でクディリの街は陥落し、ジャヤカッワンは元軍の捕虜になってスラバヤの牢 獄に家族や重臣たちともども監禁された。元軍はジャヤカッワンをクルタヌガラの代わり として中国に連行するつもりだったのだろう。[ 続く ]