「ムダン王国(4)」(2026年04月10日)

現代インドネシアの歴史学界はチャンディを機能別に次のような区分に分類している。礼
拝チャンディ、ストゥ−パチャンディ、祖霊祭祀チャンディ、隠遁チャンディ、寺院チャ
ンディ、大門チャンディ、水浴場チャンディなどがその区分だ。

礼拝チャンディ
ヒンドゥ教チャンディはこれが一般的だ。シワ神やウィスヌ神を祀って礼拝するための建
物である。もちろん仏教チャンディにも礼拝チャンディがあり、candi Kalasanはタラ女
神(観音菩薩)、candi Sewuはマンジュスリ(文殊菩薩)を祀っている。

ストゥ−パチャンディ
ここで使われているストゥ−パは仏舎利の容器としての意味を表している。それは仏教に
とってたいへん神聖なものであり、また仏教徒の巡礼先という意味も持っている。candi 
Borobudur, candi Sumberawan, candi Muara Takusなどがこの区分に該当している。

祖霊祭祀チャンディ
王や重要人物の霊を祀るチャンディであり、個人廟と似たようなものとも言える。しかし
故人の霊がヒンドゥの神に擬されるケースがあって、その場合には礼拝チャンディの趣を
強めることになる。
たとえばcandi Belahanに祀られているアイルランガ王はガルーダにまたがるウィスヌ神
に擬されており、アイルランガ王への礼拝はウィスヌ神へのそれと同じになる。ブリタル
のcandi Simpingに祀られているマジャパヒッ王国開祖ラデン ウィジャヤはハリハラ神に
重ね合わされている。

隠遁チャンディ
瞑想三昧の隠遁暮らしを営むための建物として設けられたチャンディ。たいてい山稜や丘
の上に建てられる。古代の王族は老いも若きも時おり政務を離れて山籠もりした。近隣に
集落があってそこにさまざまな達人が住んでおり、やってきた隠遁者の師になるようなこ
とも行われていた。ディエン高原のチャンディ群、プナングガン山陵、シンドロ山稜など
にこの種のチャンディが設けられている。

寺院チャンディ
ヒンドゥ教や仏教の僧侶のための学校あるいは修行場をメインの機能にしたチャンディ。
たいてい複数の人間が集団生活する寮の形で建てられた。candi Sariやcandi Plaosanが
その例であり、candi Borobudurも寺院チャンディだったという話も見られる。

大門チャンディ
左右対称の石造り構造物ではさまれた屋根のない狭いゲートはcandhi bentarと呼ばれて
いてバリ島でもよく目にすることができる。チャンディという言葉が使われているものの、
人間が住んだり何らかの活動を行うための建物ではない。チャンディという言葉は堂のよ
うな家屋構造をした建物ばかりを意味しているのではないということなのである。
古代ヒンドゥブッダ時代の石造り建造物の中で石造りの水浴場・宮殿・ガプラ(大門)な
どの中にもチャンディと呼ばれているものがある。ジャワ語のcandhiは石造りの床の意味
も持っているので、石造り家屋構造の建造物という理解をしてしまうと早とちりすること
になりかねない。

水浴場チャンディ
泉や水源に池を作り、しばしばそこに石造りの水浴場が設けられた。家屋構造のチャンデ
ィの脇に水浴場チャンディが作られることもあれば、ただ水浴場チャンディだけが設けら
れているものもある。
本論で取り上げているチャンディは家屋構造のチャンディに限定しているので、大門や水
浴場についてはこれ以上触れない。

チャンディが神の居場所であるというコンセプトはおのずとマハメル山を連想させること
になる。それがチャンディの基本デザインの常識になった。マハメル山を飾っている自然
とそこに住む聖なる者たちがジャワの地に建てられたチャンディに模写されて、建築デザ
インやレリーフあるいは彫像の形でチャンディの中と外を彩ったのだ。今に遺されている
1千数百年前のチャンディは、そのころのジャワ人が到達した文明の高さをわれわれに教
えているのである。[ 続く ]