「独立宣言前夜(4)」(2016年08月19日) 停止した機体に向って、数人の兵士が駆け寄って来た。スカルノが大声で兵士に聞いた。 「ここはどこだ?」「サイゴンからおよそ百キロの地点です。」 兵士の一人が無線電話をサイゴンにかける。「ジャカルタからの客人が着陸しました。」 スカルノがまた怒鳴った。「客人じゃない。スカルノが来たと報告しろ!」 スカルノ一行は最寄りの村へ案内された。村の中は真っ暗で、灯り一つともっていない。 灯火管制中なのだ。 しばらくすると自動車が数台やってきて、スカルノ一行と同乗の日本人たちを護送した。 車は漆黒の闇の中を、丘陵地帯を抜けてサイゴンへ向かい、豪壮な元フランス総督の宮殿 に到着した。 戦時下だというのに、その豪壮な宮殿の一室に美しい芸者の一団が住んでいるのを目にし て驚いた、とスハルト医師は述懐している。しかしそんな驚きよりも何よりも、かれは疲 れた身体を休めるためにベッドに倒れ込んだ。時計は午前2時を指していた。 柔らかなベッドでの安眠もつかの間、一行は早々に起こされて午前10時にはサイゴン飛 行場からダラトに向けてまた空の旅に就いた。 ダラトはサイゴンから350キロ北東に離れた保養地で、標高1千5百メートルの高地に ある。ダラトに作られたフランス総督の別荘で、スカルノ、ハッタ、ラジマンの3人は寺 内大将と会見した。 大将は3人を前にしてスピーチした。「東京の大日本帝国政府はインドネシアの人民に独 立を与えることを決定した。みなさん、おめでとう。」 東京へ行く道はすべてふさがれており、首相から祝辞をもらうことは不可能だ。だから東 南アジアにおける日本の最高責任者が首相に成り代わってそれを行うことになった。大日 本帝国政府は独立のプロセスをすべてインドネシアの人民にゆだねた。それをどのように 行っていくかは、すべてあなたがたの手の中にある。 寺内大将はそのように語ったが、スカルノもハッタも、その言葉をどう受け取ってよいの かわからなかった。ふたりはただ、「ありがとうございます」を繰り返すばかりだった。 「だから今は、あなたがたがどのような独立プロセスを考えているのか、それが問題なの だ。」大将のその言葉に、スカルノもハッタも沈黙した。ふたりはただ、お互いの顔を見 かわすばかりだった、とスハルト医師は記している。 寺内大将は贅肉のない上背のある体躯をしており、まるでヨーロッパ人のようだったとい うのがスハルト医師の印象だった。 会見を終えて懇親の食事会に移ったとき、スカルノは大将に尋ねた。「独立準備委員会が 8月24日ごろに職務を満了するということでよろしいのでしょうか?」大将の返事は簡 単だった。「それはあなたがた次第だ。」[ 続く ] 「独立宣言前夜」の全編は
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