「スラバヤ・スー(26)」(2017年01月27日)

オーストラリア訛りの強い英語から、タントリはアンダーソン少尉が生粋のオーストラリ
ア人であり、オランダのスパイでないことをすぐに判断した。「白人に対する嫌悪感が強
まっている地方部にいつまでもいては身柄の安全が保証できないので、共和国上層部はあ
なたをヨグヤカルタで治療し、体調が良くなったらAFNEI軍に送り返すことを計画し
ている。」とタントリはかれに伝えた。

すると、かれ自身はモジョクルトの病院暮らしを快適に感じており、医師や看護婦が親切
にしてくれるし、親しくなった人民保安軍将校も頻繁にタバコを持ってやってきては話し
相手になってくれるので不満は何もない、と前置きした上で、捕虜収容所に入れられても
文句の言えない立場にある自分に、共和国上層部がそのような配慮をしてくれるのは、た
いへんありがたいことだ、とその申し出を快諾した。


続いて、もうひとりのイギリス軍用機パイロットの部屋をタントリは訪れた。W.ダニエ
ルズと名乗るパイロットはせいぜい23歳くらいの若者だった。かれは重態で、生きよう
とする意志に導かれてただベッドに身体を横たえているだけであるようにタントリには見
えた。治療に来るジャワの美人看護婦たちに気持ちを向ける余裕などさらさらないにちが
いない。

ともあれ、短い会話とかれの話す内容から、かれも正真正銘のイギリス人であることはタ
ントリにもすぐに判った。

見極めをつけたタントリは、相棒の大佐が病院に戻って来るのを待ち、その足で再びヨグ
ヤカルタ目指してモジョクルトを去った。


翌朝、国防大臣に結果を報告すると、大臣はアンダーソン少尉をまず護送せよと次の指令
を出した。タントリの相棒を務めた大佐の家に収容して養生させ、ジャカルタのAFNE
I軍司令部に引き渡す準備をその間に行うというのが大臣の考えだ。

タントリは毎日モジョクルトの病院に電話し、院長にアンダーソン少尉の移送の可否を尋
ねた。そうしているうちに、AFNEI軍と共和国側の間にまたまた大規模な軍事衝突が
発生し、白人嫌悪の民情が一層高まって来る。


院長がついに移送の許可を出したので、タントリは再び大佐と共にモジョクルトへ向かっ
た。今度はトミーガンを手にした兵士二名が同行する。

ヨグヤからモジョクルトへの街道を通る際に、通過する町や村では必ず武装した地元民に
停止を命じられ、書類がチェックされた。今回は前回よりも緊迫した雰囲気が感じられ、
サルンクバヤ姿に紅白の腕章を巻いていても、クトゥッ・タントリを知らない地元民の間
からは白人であるタントリに向けられる疑惑や敵意が強まっていることをかの女は感じた。

人民保安軍の検問は総じて、比較的容易に通過できたが、武装地元民や民間ゲリラの検問
には苦労した。検問に立っている若者たちは気が立っていて、すぐに銃口を向けて撃とう
とする。ともかくも、一行は地元民を説得して無事通過する努力を重ね、ついにモジョク
ルトの町に入った。

病院を訪れてアンダーソン少尉を退院させようとしたところ、タントリが退院の許可をそ
の耳で確かに聞いたはずなのに、院長の態度は一変していた。[ 続く ]