「スラバヤ・スー(27)」(2017年01月30日)

イギリス軍が共和国側に激しい軍事攻撃を向けてきたことが、東ジャワの人民保安軍司令
官の堪忍袋の緒を切らせたのだ。怒りに燃えた司令官は、モジョクルトの病院に収容され
ているアンダーソンとダニエルズを絶対に解放してはならない、と院長に命じたのである。

大佐は院長に国防大臣の指令書を突き付けた。指令書にはアンダーソン少尉をヨグヤカル
タに移送せよとの命令が記されている。しかし院長は、国防大臣の指令に従おうとせず、
東ジャワ司令部の意向を優先させようとしている。大佐は人民保安軍の命令系統を講釈し
たが、どうあっても道理に従おうとしない院長に腹を立てて拳銃を抜いた。「わからずや
に説明する言葉はもうない。こうなれば力ずくでアンダーソンを連れて行くだけだ。」ふ
たりの兵士もそれに倣ってトミーガンを院長に向ける。

タントリは大佐をなだめた。「ここは病院です。暴力はよくないわ。先に大臣に事態を報
告しましょう。」

院長を睨みつけていた大佐はしばらくそのままの姿勢でいたが、銃を下すと電話を借りて
国防省に電話した。大臣は大佐に、まず司令官に会って説得せよとの指示を与えた。一行
は病院を出た。


日没が迫っている空の下を、一行は司令部を探して田舎道を走る。スラバヤの街に近付く
と、人民保安軍が敷いている防衛線に行き当たった。車を使うのはもう無理だ。道路は通
れないため、水田のあぜ道を通らなければならないし、自動車のヘッドライトは敵に射撃
目標を与えることになる。タントリと大佐は車を降りて、徒歩であぜ道に踏み込んだ。だ
んだんと闇が深まってくる。

ふたりが闇の中を進んで行くと、「誰か?」という声がかかった。目を凝らすと、検問ポ
ストがあった。「司令官に会いに来た。」と言うと、歩哨に立っていた兵士が司令部まで
案内してくれた。


谷を下って行った下に地下壕があった。大佐が先導して中に入り、タントリは後ろに従う。
中では将校たちが作戦会議中だったようだ。机の上に大型の東ジャワの地図が置いてあり、
座っている者や立っている者が机の脇にいる議長の方を向いている。かれらは一斉に大佐
とタントリに視線を向けた。ふたりのうちのどちらかを全員が知っていたようだ。もちろ
ん、両人を知っている者も少なくない。サルンクバヤ姿のタントリにほとんどの者が微笑
みを向けた。タントリはその中に司令官の顔を見出した。過去にブントモを介して面識が
あったのだ。

ふたりは、用件をすぐに切り出した。司令官は黙ってふたりの話を聞いていたが、ふたり
の話が終わると怒りの混じった声音で不平を鳴らした。
「たったひとりのイギリス軍少尉になんでこんなに大騒ぎをしなきゃいかんのだ?イギリ
ス軍が何をしているのかをよく見ろ。インドネシア人が何百人も殺されているのだぞ。・
・・・しかしその少尉が共和国に同情的だというのは一考に値するなあ。」

国防大臣の指令に面と向かって反抗することもできず、司令官はポジティブ思考に切り替
えた。「モジョクルトからマディウンまでは民兵や武装市民の支配下にあり、軍はその地
域を完全に掌握できていない。そこを無事に通過できるかどうかは大きな賭けになる。白
人兵士がかれらに捕まれば、命はないのだぞ。」
[ 続く ]