「スラバヤ・スー(36)」(2017年02月10日)

かれの説明によれば、タントリおよびこのプロジェクト参加者は日本軍が残した軍用機に
補助燃料タンクを付けてインド洋を越えるのだそうだ。そのアイデアには不安があったが、
身の安全をはかるには国を出る必要がある。最終的にタントリはそのプロジェクトに乘る
ことにした。諜報部少佐はさっそくその手配にかかった。

ところがそのプロジェクトは結局ご破算になった。日本軍用機が整備されてテスト飛行を
行っていた時、海に墜落したのだ。そのとき諜報部少佐は乗っていなかったので事故の被
害者になることは免れたが、テスト飛行に乗っていた全員が帰還しなかった。


だがタントリを取り巻くひとびとは、それで諦めるわけがなかった。次に組まれた計画は、
マラヤ半島経由でシンガポールへ入り、シンガポールからオーストラリアへ飛ぶというも
のだ。そしてオーストラリアでの仕事が終われば、更にアメリカへ行って国連へのロビー
活動をせよ、と。

北部オーストラリアの飛行場を使ってオランダはNICA軍のために武器兵器の輸送を計
画している。その事実をたくさんのオーストラリア国民が知らない。インドネシアに同情
的なオーストラリア国民にそれを知らせることは、オランダの計画に障害を与えることに
なるだろう。また、インドネシア共和国の医薬品欠乏状態は既に深刻な状況になっている
ことをオーストラリ赤十字に知らせることで、オーストラリア赤十字は医薬品の空輸を行
ってくれるにちがいない。

タントリはインドネシア共和国を代表してそのような宣伝活動を行ってほしい。それがか
の女に与えられた任務だ。


だがジャワ島からマラヤ半島のどこかに潜入するのは、オランダが海上封鎖を行っている
だけにたいへん難しい。封鎖線を突破して武器弾薬や食糧をインドネシアに運び込もうと
して、たくさんの船と人が海のもくずになっている。果たしてタントリはそれをうまくや
りおおせるだろうか?

諜報部門はできるかぎりの手を尽くしてくれた。タントリが乗るのは、日本軍が残した中
型木造船で、イギリスの船に偽装するために年寄りのイギリス人を船長に雇い、イギリス
国旗を船内に隠し置く。ただしその船長はダミーであり、実際には船員のふりをして乗り
組むアンボン人が船長だ。ダミーの飲んだくれ船長が航海の指揮を執るわけではない。海
上封鎖を行っているオランダの軍艦に臨検されたときがかれの出番となる。その船は中部
ジャワのトゥガル港に用意された。トゥガル港はオランダの巡洋艦が一隻港外にいて、港
の活動を監視している

タントリは手荷物などほとんどない姿でヨグヤカルタを発った。身に着けた衣服と着替え
としてのもう一そろいのサルンクバヤが荷物のほとんどだ。

かの女は自動車で諜報部門大佐と一緒にトゥガルに向かった。ところが道中半ばにしてタ
イヤがひとつパンクした。当時自動車のタイヤは希少品のひとつであり、スペアタイヤを
持つ余裕などありはしない。[ 続く ]