「女性はラディカリズムの犠牲者」(2017年05月31日)

最近とみに著しい宗教感情・ラディカリズム・不寛容姿勢の強まりが女性の権利を圧迫し
ている。特に宗教に関わる地方条例が作られると、女性の行動・就労・服装などの自由が
制限され、権利が侵害される例は枚挙にいとまがない。

多様なインドネシアの実現女性運動に所属する女性活動家や一般市民が政府に対し、国会
法制活動や地方条例の中に出現しまた強まっているラディカリズムの脅威に対する姿勢を
明確化するよう要求している。

視野の狭い宗教理解に冒された一派が国家生活のあらゆるラインに入り込んで政府の政策
を操ろうとしているために、デモクラシーと基本的人権が示している理想から現実が遠ざ
かる一方である、とかれらは訴えている。

女性と子供は社会弱者であり、宗教をベースにした法規が施行されればその最初の被害者
になるのが通例だ。エクストレミズムとラディカリズムは密接な関連性を持って女性の権
利を奪う。ラディカリズムの強まりはジェンダー暴力文化をますます興隆させている。ラ
ディカリズムが女性犯罪者化と被害者化を目標に抱えているのは、全国各地の地方条例施
行がどのようになされているのかを見れば明らかだ。

またラディカリズムは女性を服従させるためのツールとしてレープや性暴力を使う。ラデ
ィカリストへの性的奉仕を行うことで、女はジハードを行うことになると語る者さえいる。
アジアムスリムアクションネットワーク活動家のひとりはそう発言した。


情報公開時代の風を受けて最初に船出したのがラディカルグループだ、と宗教と平和のイ
ンドネシア会議議長は語る。かれらはオルバ期から既に存在していたが、動きを活発化さ
せる度胸がなかった。デモクラシーと自由化を推進するレフォルマシ期に入って、かれら
は自らの理想を実現させる絶好の環境を見出した。

デモクラシー化というのは公共スペースを最大限に開放することだ。そのモメンタムをも
っとも素早く、もっとも的確にとらえたのが、オルバ期から存在していたハードライナー
たちだった。過去10年間、歴代政府はかれらを放置して来たし、自らの権力強化のため
に利用さえした。

宗教を旗印にしている民間団体の主張を鵜呑みにしてはいけない。かれらの目的や社会活
動が宗教の普及や善行の促進とは異なるものである可能性はたっぷりあるのだから。

宗教ラディカリズムには賛成できない。なぜなら、あらゆるラディカリズムは画一化と不
寛容に向かうのが常だからだ。そのために他人を不信心者・背教者と決めつけるのがかれ
らの手段だ。多様性を受入れようとしないその性質はコンフリクトを煽り、統一体を空中
分解させる。

インドネシア女性連合事務局長は、宗教ラディカリズム思想に浸された者たちが、国家機
関・行政機構・政党・民間団体などありとあらゆるラインに入り込んでいる徴候が感得さ
れている、と主張する。かれらは徐々に、またシステマチックに国家イデオロギーや思想
を塗り替えようと動いている。政府はかれらの動きに対して厳格な姿勢で臨まなければな
らない。

上述の発言者はすべて女性である。女性の権利を守ることは、デモクラシー国家の存続に
きわめて重要な意味を持っていると言うことができそうだ。