「カードすり替え(下)」(2017年08月22日)

翌日、手持ちの金を補充するために実業家氏はATMへ行った。ところがATM機は自分
のカードを受け付けてくれない。おかしいなあ、と思いながらカードをじっくり見たとこ
ろ、打刻されている名前が自分のものでないのに仰天した。即座に昨日の記憶がよみがえ
ってくる。慌ててその銀行の店舗を探して飛び込んだ。そして昨日、残高のほとんどが別
の口座に移され、ほんの小銭しか残っていないことが明らかになった。かれはすぐにこの
詐欺事件を警察に届け出た。


西ジャカルタ市警は17年4月18日に起こったその事件を捜査し、ほぼ4カ月後の8月
半ばに6人の詐欺団メンバーのうちの4人を逮捕したことを公表した。詐欺芝居を打った
A氏とB氏、そして口座開設や金のトランスファーなど裏方の役割を担っているふたりを
警察は逮捕している。4人のうち3人は逮捕時に抵抗したため、足に鉛玉をくらっている。
この一味は2014年から仕事をはじめ、逮捕されるまでに10億ルピアをはるかに上回
る金をかき集めたようだ。同じ手口で詐欺の被害を被った者からの警察への届け出は30
件にのぼっている。そしてかれらは一度警察に逮捕されたことがあり、前科を作っていた
のである。インドネシアで、懲りない前科者の話は掃いて捨てるほどあり、しかも一度入
った道からなかなか他の道に移ろうとしない例がほとんどだ。生来、保守的な民族性なの
かもしれない。

かれらは獲物を選ぶとき、ホテルから出てくる人間で金を持っていると直感される人間に
狙いを定める。そしてあの手この手で巧みに信用させた上、ATMで実際に送金するとき
に相手のカードのPIN番号を見て取ったあげく、さらに被害者が使ったATMカードを
本人の目の前で別の同じ種類のカードにすり替えるのである。

一味はすり替え用のカードを73枚持っていた。多種多様な銀行のカードバリエーション
をカバーするためには、それくらいの数が必要なのだろう。カードは贋造物でなく、本物
であるが、口座自体は存在しないようだ。そのようなカードを販売している者がスラバヤ
におり、一味は一枚2百万ルピアで購入したと自供している。あらゆるところで不正行為
が行われ、犯罪者に便宜が提供されている。昔からあった多重KTPから始まり、それを
使って他の公的文書を作り、あるいは銀行口座を開く。それらの小道具が犯罪者に売れる
のである。正義不在社会というのは、果たして「シ カンチル」寓話によって生まれたも
のなのだろうか?

ブルネイ人の役どころを巧みにこなしているA氏はまぎれもないインドネシア人であり、
かれはインドネシアにいながら、マレーシア語をマスターした。語彙・話し方・発音など
から、ひとはかれをマレーシア人であると見て疑わない。

かれのマレーシア語学習は、テレビて放映されているマレーシア製アニメ番組「ウピンと
イピン」によって習熟の域に達したそうだ。インドネシア語とマレー語がほとんど同じだ
という幻想をいつまでも語っているひとは、早くこの事実に気付いていただきたいものだ。
[ 完 ]