「ボゴールのヒンドゥ教寺院(2)」(2017年12月28日) 総面積4Haあるこのプラは、インドネシア最大のプラであるバリ島のブサキ寺院に次ぐ 第二の規模のヒンドゥ寺院だそうだ。去る5月のある土曜日にそこを訪れたコンパス紙記 者の探訪記がこれだ。 ヨーロッパ人観光客の小グループ、タイ人観光客の4人連れ、ランプンから来た一家族、 というのがその朝プラを訪れた人たち。ヨーロッパ人以外は皆さん、ヒンドゥ教の作法に 従って礼拝をした。 「ここはヒンドゥ教徒の礼拝と祝祭儀式を行う場所として設けられたものです。信徒でな いひともここへ来て、スンダの祖霊に礼拝と祈りを捧げます。観光客もたくさん訪れます よ。」礼拝リーダーの女性はそう説明した。かの女はバリ州タバナンに本部を置く青年組 織ヨギスワスティカアビヨサに所属している72歳のご婦人。 かの女はこのプラが建てられた由来を物語ってくれた。最初は、バリ島出身の夫婦が宗教 的な意図など何もなく、このサラッ山麓に325万ルピアで土地を買った。購入資金は夫 婦がポンドッグデに持っていた土地と1974年製ヴェスパを売って作ったそうだ。そし てその地の自然の美しさに魅せられて、1981年にそこに高床式の建物を建ててヒンド ゥ礼拝所にした。 ヨギスワスティカアビヨサの仲間たちがやってきて、大自然の中での礼拝を行っていたが、 その仲間たちが1982年に山の中で、大きな岩にお供え物が置かれているのを見つけた。 供物はヒンドゥ教の作法で置かれていたから、みんなが首をかしげた。 夫婦はそのできごとに強く印象付けられ、地元の有識者を尋ねてまわった。そして得られ た答えはなんと、そこがパジャジャラン王国の有名な大王プラブシリワギ(Prabu Siliwa- ngi)がモクサした場所だと言われていることが判明した。そのことが記された文献は何も 見つかっていないが、スンダの民衆の間ではその言い伝えが信じられている。パジャジャ ラン王国はヒンドゥ王国だったから、プラブシリワギはスンダの祖霊であり、同時にヒン ドゥ教徒の祖霊でもある。 大噴火する前のサラッ山はブルッ(Buleud)山と呼ばれていた。大王プラブシリワギはブル ッ山の山頂に登って瞑想し、さまざまな神々あるいは精霊のお告げを得ている。 パジャジャラン(Pajajaran)王国以前の時代から、ジャワ島のヒンドゥ化の推進センター が今のボゴールであったことはほとんど定説となっている。マジャパヒッ王国の開祖ラデ ン・ウィジャヤ(Raden Wijaya)はパクアン(Pakuan)パジャジャラン宮廷の血筋につながる 人物であり、かれはバリ島をもその支配下に置いた。バリ人ヒンドゥ教徒が宗教面から、 スンダに祖霊の存在を認めるのは、決して間違っているわけではない。[ 続く ]