「MRTがもたらす文明化(後)」(2019年05月03日)

そういう話をすると、治安の悪さ・犯罪の被害者になる恐怖がまず外国人の脳裏に浮かぶ
ようだが、公共スペースでの日常生活行動における安全ということがらの感覚が違ってい
るのだという問題をいくら口を酸っぱくして説いても、分る人間は少ないように思える。

歩行者に突っかかるような運転をする「そこのけ」車両、横断歩道すら歩行者に渡らせよ
うとしない四輪二輪ドライバー。インドネシアで歩行者に優しくない道路交通マナーを実
見し、交通道徳の劣った人種だとインドネシア人を見るようになった外国人は、そこに投
影されている歴史の流れをも視野に入れるべきだろう。つまり後進性というものがズバリ
そこに反映されているということだ。


先進国・後進国(発展途上国)という概念を工業化や経済発展にからめてのみ見ることは
視野の奥行きを狭めることになる。先進性・後進性とは文明化の進展度合いなのであり、
その進展度合いが人間の合理精神を高めることで工業化や経済発展という結果が実現され
るのである。結果の形ばかりに目が行って、人間の文明化が目に入らず、同じ人間だとい
う先入観で先進国と後進国の人間を見る蒙昧さは避けられなければならないだろう。ヒュ
ーマニズムというのはもっと異なる観念であることを理解するべきだ。

歩道の整備に力が入るようになってきたのはやっとここ十年ほどのことであり、MRTの
開業によって都内中心部の歩行者が増加することを想定した行政は、歩行者が安全に歩け
る公共空間を用意するために、MRT駅周辺の歩道建設と整備を躍起になって進めている
ところだ。

都市中心部のマス輸送交通機関ができたおかげで、公共スペースの文明化がやっと本格的
にスタートするようになった。本当は首都圏コミュータ電車がもっとずっと昔から郊外部
と都内中心部を結んで走っていたのだが、公共スペースの文明化はほんのわずかな限られ
た場所でのみ形が作られただけで、より多くの場所が駅前乗り換えスペースも、ましてや
歩道すら設けられない状態で放置されてきた。都内でそれだから、郊外の駅は何をかいわ
んやという状態が今日まで続いている。

MRTは単なる道路交通緩和対策や都市における住民移動の便宜向上などのベネフィット
をもたらすだけのものでなく、インドネシアでは公共スペースの文明化を促す触媒として
の機能を果たすものとなるにちがいあるまい。[ 完 ]