「ドゥレンはカッコイイやもめ男性」(2019年10月16日)

ライター: 文司、ヨス・ダニエル・パレラ
ソース: 2007年5月25日付けコンパス紙 "Duren"

西部インドネシア地方のひとはたいていドゥレンDurenを知っており、その果実が好きだ。
ドゥレンの季節になると若いご婦人方が道端でドゥレンを召し上がっている姿をしばしば
目にする。ドゥレンは今や大きなスーパーマーケットで買うこともできる。ドゥレンアチ
ェもあればドゥレンバンコックもある。しかしわたしの指摘するこのドゥレンは道端でも
スーパーマーケットでも、在来パサルですら売られていない。さあ、このドゥレンは何で
しょうか?

このドゥレンはご婦人方からお嬢さん方に至るまでたいそう好まれているのです。このド
ゥレンはドゥダクレンDUda keREN→duren。若いアーテイストの離婚が増えれば増えるほ
ど、このドゥレンも増加の一途。果実のドゥレンは匂いがちょっと・・・、でも味はサイ
コー。こっちの人間ドゥレンなら香水の香りにポケットの中も札束びっしり(mudah-
mudahan ...!)。しかし中にはドゥレンティガDuren Tigaも混じっている。ドゥレンの種
が三つじゃなくて、duda keren tiga anak。


言語的にインドネシア人は二音節語を好む傾向を持っている。ドゥレンもそうだし、ジャ
ブライjablai=jarang dibelai、ペーデーpede=percaya diri、チュルハッcurhat=mencurah-
kan isi hati、その他大勢もたいていがそうだ。覚えやすく、言いやすく、耳に心地よく
響く。

新聞雑誌の名称も二音節が好まれる。Kompas, Tempo, Matra, Kalam, Basis, Nova, Gadis。
名前が2語であっても二音節の一語で呼ばれる。Media (Indonesia), Sinar (Harapan), 
Sindo (Seputar INDOnesia)。インドネシア人はPembaruan, Republika, Suara Karya, 
Berita Yudhaなどのような長い言葉を言うのが性に合わないようだ。informasiはinfo、
demonstrasiはdemo、selebritisはselebと短縮される。この傾向に関するわたしの推論が
受け入れられるかどうかは調査が必要だろう。

大統領の名前も二音節が好まれる。Bung Karno, Pak Harto, Pak Beje (BJ Habibie), Gus 
Dur, Ibu Mega。SBY大統領の名前は長すぎてちょっと言いづらく、副大統領のほうが
呼びやすい。Pak Jusuf, Pak Kallaという具合だ。国会議長の名前だって二音節だ。Pak 
Akbar (Tanjung), Pak Agung (Laksono)。Pak Harmokoよりも呼びやすい。

人名・地名あるいは何の名前であれ、インドネシア語話者には二音節語のほうがよくうけ
る。省略語もアクロニムも二音節語が好まれる。それゆえに、インドネシアの指導者は二
音節語を用意しておく方がよい。それがインドネシア語の特徴なのだ。つまり、単語の語
源が二音節から成っている言語なのである。冒頭のドゥレンにしてもそうだ。源に帰るの
である。