「雪はなくとも語彙はある」(2019年12月27日)

ライター: 文司、オランダで小説執筆中、レミ・シラド
ソース: 2003年4月5日付けコンパス紙 "Salju di Indonesia"

雪は白い。雪は氷だ。しかし氷塊ではない。子供たちは雪を掌で丸めて球にし、投げ合っ
て遊ぶ。身体にぶつけられても痛くはない。そんな光景がオランダの冬の中にある。

二カ月前アムステルダムが雪に覆われたとき、子供たちは道路に出て雪合戦をして遊んだ。
一個の雪球が通行中の自動車に当たった。運転者は怒った。かれは車を停めて路上に降り、
拳銃を引き抜いて球を投げた子供を撃った。子供は死んだ。殺人者は悠然と車でその場を
去って行った。オランダ警察はまだその殺人犯を捕まえていない。


ここでわれわれが考えようとしているのは、その問題ではない。ここで議論したいのは雪、
インドネシア語のsalju、についてだ。インドネシア語の中にサルジュという語彙がある。

サルジュがインドネシア語の語彙として存在しているのだから、インドネシアでその意味
は理解されていると言えるだろう。もちろんインドネシアにはオランダのように冬の季節
がないのだから、ルテンRuteng、ソロッSolok、ランテパオRantepao、ウガランUngaran、
ヒトゥHitu、シポホロンSipoholon等々どこの土地の人であっても、それを見たことがな
く、触ったこともなく、それで雪球を作って雪合戦をしたことすらないにもかかわらず、
すべてのインドネシア人はサルジュという単語が示すものを理解している。

単語としてのサルジュの語がいつインドネシア語の世界に入って来たのかはよくわからな
い。しかしラテン文字で書かれたインドネシア語文献を調べてみるなら、つまりヨーロッ
パ諸民族のコロニアリズムが西洋文化をこの地にもたらしてからのことになるのだが、サ
ルジュの語は17世紀初めに既にインドネシアに出現していた証拠が得られる。それはキ
リスト教布教の重要ツールであるHeilige Schrift(聖典)通称Bijbel(バイブル)のオ
ランダ語からインドネシア語への最初の翻訳が行われた時代に該当する。

バイブル自体はヘブライとギリシャの古代文書の集成版で、17世紀初期にはオランダ語
に翻訳されていた。印刷技術がもっと発展してからは、バイブルが物語るさまざまなシー
ンを自己流に解釈したレンブラントの描くイラストがちりばめられたものまで出版されて
いる。


その時代にムラユMelayu語と呼ばれていたインドネシア語へのバイブルの翻訳は世紀を超
えて携わった数人のひとびとの労作である。18世紀のレイデカーLeideckerと19世紀
のクリンカートKlinkertをその立役者に挙げることができる。その翻訳書自身が、現在わ
れわれが使っているラテン文字表記のインドネシア語の事始め、あるいは胎児だったので
ある。

オランダ語sneeuwに対応する言葉としてsaljuの語がバイブルのイェサヤJesajaとダニエ
ルDanielと題する章に使われているのをわれわれは見ることができる。イェサヤの章には;
Sekalipun dosamu merah seperti kermizi, akan menjadi putih seperti salju.という
文があり、それはオランダ語原文 Al ware uw zonden als scharlaken, zij zullen wit 
worden als sneeuw.に合致している。ダニエルの章では;Lalu duduklah yang lanjut 
usia, pakaiannya putih seperti salju.という、オランダ語原文の En een Oude van 
dagen zette Zich neder, zijn kleed was wit als sneeuw.に対応する文が見られる。

オランダで冬の季節にだけ現れ、インドネシアではイリアンの山々の中のただひとつの頂
上にだけあって他の場所にはまったく存在しないものであっても、われわれはオランダ語
のsneeuwがインドネシア語のsaljuという言葉に対応していることを知っている。特定の
地理的位置にある地域でそのものが目に見える存在でなくとも、そこで使われている言語
の中にそのものを示す語彙が存在し得ることに関する回答がこれである。


たとえばオランダ語のklapperについて、同じことが言えないだろうか?ヤシの木は熱帯
地方でしか生育しないからオランダには存在しないとしても、オランダ人がヤシを示す言
葉としてklapperという語彙を持つ可能性はありうるということだ。klapperの語はオラン
ダで、コルネリス・ハウトマンがバンテンに上陸したはるか以前の15世紀から使われて
いる。

ふたりの奇妙な研究者ヴィレム・ヒーテンブリンクWillem Hietenbrinkとロナルド・ラン
ゲンダイクRonald Langendijkの売れている著作Kwispelen met taalには、ヨーロッパの
古い言語はオランダ語に由来していることが述べられている。