「語順のややこしいインドネシア語(2)」(2020年01月07日)

オレンジジュースの話について、わたしはインドネシア語のjerukと英語のorangeが完ぺ
きな一対一対応をしていないことがその現象の裏側にあるのではないかと考えている。

jerukというのは柑橘類の総称citrusに対応していて、その下部カテゴリーがjeruk xxxと
いう名称で呼ばれているから、jus jerukと言われても具体的にどのjeruk xxxかが判断で
きず、仕方なくorange juiceのことですね、と問い返す結果になっているのではないだろ
うか?つまり何語だからどうという話ではないようにわたしには思えるのである。


さて、外国の事物あるいは観念などがその国に取り込まれるとき、その名称がなしには済
まない。そのときにいくつかのパターンが生まれる。事物や観念と共に入って来た外国の
名称がそのまま使われるのがもっとも単純なパターンだろう。つまり外国人が発音するそ
の名称の音を自国の音韻体系と文字で写し取るという方法だ。

日本では、中国文化移入の時代はさておいて、キリシタンやバテレンとかテンプラやカル
タなどの外国人の発音が漢字で写し取られ、幕末明治の時期には上屋や倶楽部などもその
方法で取り込まれた。

インドネシアでは数限りないオランダ由来の事物と観念がその方法で取り込まれ、スハル
ト時代に入ってからは英米のものが続々と入ってきて、その発音がいくつかのインドネシ
ア語法則に従い、インドネシア式綴り方で書かれている。

少々異なる方式として、その名称の意味を自国語に翻訳して新語を作る方法もある。その
場合、意味と発音の両方が元の言葉に似たものになるよう自国単語を選択する方法と、元
の言葉の意味だけを写し取って発音はまったく異なるものにする方法がある。

たとえば英語のautomobileを自分で動く車両という意味に翻訳して自動車という日本語が
作られたのがその後者の方だ。bookkeepingが簿記とされたのは前者の方法だろう。

中国語ではたいていが意味をとらえて中国語に訳されている、space shuttleは航天飛機、
terroristは恐怖分子といったものだ。だが地名人名のような固有名詞はそのような翻訳
がおかしな結果をもたらすことになるため、音の移し替えに向かうのが普通だ。Napoleon 
Bonaparteは拿破崙?波拿巴、Inodnesiaは印度尼西亞、Denpasarは登巴薩などとなってお
り、そこに使われている漢字の意味を追求して行っても得られるものはあるまい。


インドネシア語のes tehやes kopiはあたかもそれらの折衷のように見える。植民地時代
にオランダ人がプリブミのサーバントにオランダ語でijstheeや ijskoffieをオーダーし
ていただろうことは、きっと想像にあまりあるにちがいない。プリブミインドネシア人サ
ーバントはそれをes tehやes kopiと理解し、ムニールやメフローが言うそれらの言葉に
対してそのように反応していた可能性は高い。

つまりそれらは元々外国語であり、それがオランダ人居住地区一帯で普通に使われる言葉
になれば、プリブミ地区にも波及して社会的流行が起こる。こうして外来語化現象、つま
り外国語が自国語の中に取り込まれるプロセスの始まりへと進んで行ったにちがいあるま
い。

オランダ語の発音と語順がそのまま取り込まれたのだが、インドネシア人はそれを書くと
きにインドネシア語の綴りを使った。だから今では一部のインドネシア人が国語の原則に
従ってteh esと言い、外来語をそのまま使い続けているインドネシア人はes tehと言って
いるという現象になっているようにわたしには思われる。

笑い話にこんなものがある。外国人がワルンでナシゴレンを注文し、飲み物はteh esを頼
んだ。するとワルンの兄ちゃんは英語でこう言った。「No teh es, mister. but es teh.」
外国人は苦笑いしながら、「Hoo? Kalau begitu saya harus pesan goreng nasi, ya.」
[ 続く ]