「ガリン」(2020年04月01日)

ライター: 短編作家、クルニア JR
ソース: 2009年3月13日付けコンパス紙 "Garing"

スラング語彙のひとつに、空虚や味気ないといった意味のgaringというイカサない言葉が
ある。「Garing banget sih, lu!」というのは、対話相手の態度や話し方が味気なくてつ
まらないことを話者が表明している言葉だ。garingの標準語義は「(ビスケットなどが)
乾いて硬くなった」であり、空虚とか味がないという意味ではない。
この種のバハサプロケムbahasa prokemがたどる宿命である、長命でなく、創作者と使用
者の年代次第ということではあっても、gahar, jadul, kinclong, sleborのようにエスタ
ブリッシュメント層に浸透したスラング語彙もある。わたしがここで述べているエスタブ
リッシュメント層というのは、情緒・社会・文化・知性の面で既に安定しているひとびと
という意味だ。
プロケムという語は、その仲間であるbokap(bapak), mokal(malu), cembokur(cemburu), 
sendokir(sendiri)のように、プレマンpremanの第一音節に挿入辞-ok-が加えられて作ら
れたものという説明は大いにありうる。言い換えるなら、バハサプロケムとはプレマン言
葉ということなのだ。ここで使われているプレマンの語義はpartikelir, swasta, sipil, 
orang bebasなどの標準語義でなくて、インフォーマルな語義であることを付け加えてお
こう。インフォーマルというのは、国語センターKBBIが口語として示しているorang 
jahatの呼称、たとえばpenodong, perampok, pemeras等とは異なり、エスタブリッシュメ
ント層に対するアンティポードとしてのプレマンということだ。
緩慢に、しかし着実に、gaharはバハサプロケムの語義である形容詞garang,sangarの意味
を伴って新聞界のフォーマル論説の中に流入した。標準語義の動詞gosokではない。jadul
も時折は新聞界が取り上げるものの、アクロニムの元熟語jaman duluが標準綴りでないた
めに抵抗がある。標準綴りはzaman duluだ。mengkilap, cemerlang, gemilangなどを意味
するkinclongはマスメディア界で、広告分野を含めてかなり成功している。しかしslebor
は軽い書き物の中でコンテキストが合う時だけ使われるにとどまっている。
プロケム式garingはジャーナリスティックレポや映画評の中に時々登場する。見た限りで
は、それは標準単語として、しかし正反対の語義として扱われているようだ。たとえば:
Film ini terasa garing dengan lakon para pemain yang lemah.
バハサプロケムに慣れ親しんでいる者にとって、この文におかしなところはない。garing
とはhambar, kurang sedapを意味しているのだ。問題は、この文はフォーマル文なのであ
る。標準インドネシア語のパターンに従って解釈されるとき、その文の論理は意味不明に
なる。筆者はいったい何を言いたいのか?garingの標準語義は乾いて硬くなった状態を意
味しているだけであり、「おいしくない」という意味は含まれていないのだから。
プロケム式garingの意味がますます優勢になっていけば、garing nan gurihという熟語は
消滅するだろう。そうなれば別の単語が必要になる。krispiという語が代替するかもしれ
ない。krispiとはご存知の通りのAmrik語crispyのことだ。
昨今の新聞記者がほれ込んでいる言葉は文学的ジャーナリズム。かれらは競ってフレッシ
ュな文を書いてくる。バハサプロケム語彙を適正な選別なしにフォーマル記事に混ぜ込ん
でくることも稀でない。