「女王陛下のカユアロ茶(1)」(2020年08月14日)

オランダ王国のヴィルヘルミナWilhelmina女王(在位1890〜1948)とジュリアナ
Juliana女王(在位1948〜1980)は東インド植民地で産する紅茶の中で、スマト
ラ島のカユアロKayu Aro地方で採れる紅茶を愛用した。その茶葉の品質が最高であり、女
王陛下のお好みに最もかなっていたのだろう。

多分その母と娘はカユアロ茶を飲むたびに、東インド植民地を領有していることのメリッ
トの大きさを思って相好を崩していたかもしれない。

カユアロ茶を淹れると、カップの水は色が濃くて艶があり、バターの混じったような素晴
らしい香りが漂う。口に含むと渋みが強い。カユアロ茶は世界最高のブラックティだとい
う評価を海外のバイヤーは頻繁に語っているし、外国の記事にもそういった話がよく登場
する、とインドネシア国際ティ委員会役員は語っている。

何の添加物も加えられない地のままのカユアロ茶の香りと風味を、これぞ本物の紅茶の香
りと風味だと高く評価するひとは少なくないのである。それこそがカユアロの風土が育ん
だ恵みなのだ。


カユアロ茶農園はジャンビ州と西スマトラ州の州境をなしているスマトラ島最高峰(海抜
3,805メートル)のクリンチKerinci山南麓に当たるジャンビ州クリンチ県カユアロ
郡にある。

巨大な火山の裾野に広がる黒ボク土の土壌を最大限に活用したこの茶農園は総面積3,0
20Haあって、世界最大の広さを有している。農園は標高1,401から1,715メ
ートルという高所にあり、世界の茶農園で第二位の高さだそうだ。トップはヒマラヤ山麓
にあるインドのダージリン茶農園で、標高4千メートルだが広さは5百Haほどしかない。

冬場にダージリンは雪に覆われるから生産性が低いが、カユアロは一年中収穫が可能だ。
降雨は年間平均日数が2百日、雨量は2千mm、日照時間は通年で一日平均6時間、年間
の平均気温は17〜23℃、夜間の最低気温は5℃、相対湿度は70〜95%というのが
カユアロ茶農園を支えている自然環境だ。


アムステルダム通商連合Handelsvereniging Amsterdamがカユアロ茶農園の開墾に着手し
たのは1925年で、現存している茶農園の間では初期のものにあたる。ここはトバ湖の
シダマニッSidamanik農園に続いて行われたようだ。トバ湖の北東部シマルグンSimalungun
地区の開墾よりは、カユアロの方がたいへんだったのではあるまいか。

開墾のための土木作業用機材はスマトラ西岸のパダンの外港であるエンマハーフェン
Emmahaven(今のトゥルッバユルTeluk Bayur港)で降ろされ、そこから直線距離だけに
しても150キロほどある道のりを、ブキッバリサンというたいへんな起伏を乗り越えて
運ばなければならなかったことを思えば、その困難さは想像がつくだろう。更に、広大な
面積の整地と茶木の植え付けに、ジャワ島から千人を超える労働者が送り込まれて、やっ
と茶農園ができあがった。送り込まれたジャワ人の多くは、現在もその子孫がカユアロ地
区周辺や、その一帯にあるジャワ人部落に大勢居住している。子孫たちはたいていが余裕
のある暮らしをしており、茶農園で働く者もあれば、シナモン林を持ったり、あるいは家
畜を何頭も飼ったり、ジャガイモ・キャベツ・ニンジンなどの野菜園や畑を耕作する者も
いる。[ 続く ]