「スマトラトラ(3)」(2021年02月03日)

チームが現場に着くと、7歳くらいの大型トラが罠にかかってたけり狂っている。10月
4日午前6時ごろ罠にかかったそのトラは体長180cm、体重110kgもある巨大な
もので、現場には百人を超える地元民が集まっていた。チームはトラに麻酔をかけるのを
見合わせた。トラが力を失ったときに地元民が復讐行動を開始すると収拾がつかなくなる
からだ。

罠から檻に移すとき、地元民がトラの見える檻を望んだために、チームはトラを鉄格子の
檻に移した。ところがトラが近寄って来た見物人を威嚇したとき、顔面を格子に強くぶつ
けたために怪我をしてしまった。トラは最終的に保護されてスマトラトラ飼育場で30頭
ほどの仲間と共に暮らしている。


コンパス紙は5人を殺して肉を食ったトラをman eaterと呼んだ。この呼称はインドのベ
ンガルトラにイギリス人が与えたもので、バングラデシュとの国境地帯にあるインドのサ
ンダラン地方に棲息するトラのどう猛さをシンボライズする言葉になった。

インドでマンイーターは毎年60〜120人の人間を殺している。その地方には4百頭ほ
どの野生マンイーターが棲んでいるが、森林破壊等で生活領域の縮小が進んでいて、おま
けに人間がトラの食料である鹿やイノシシなどを狩るために、トラの生存は脅かされる一
方だ。腹をすかしたトラは森林を出て近くの人間生活領域に侵入する。人間の家畜がまず
餌食にされ、居合わせた人間も犠牲になる。一度人間を食ったトラは人間狩りに向かう傾
向を持つので、人間に対する襲撃を繰り返すようになると地元民は述べている。

人間の犠牲が回数を重ね、中にはあらかた身体を食われる人間が出てくれば、地元部落民
はもう黙っていられない。部落民は行政にマンイーター粛清の許可を求めるのである。つ
まり自分たちの手でトラを射殺するのだ。


30年くらい前にマンイーターの研究が進められ、その中には、トラが人間を殺しても、
すべてのケースで肉を食べているわけでないことが明らかにされた。更に、一度柔らかい
人肉の味をしめたために人肉嗜好が起こって人間を襲い続けるようになるという説が妥当
なものでないことも判明した。また別に、人間を襲うトラは老齢のヨボヨボトラで、他の
獲物の逃げ足が速いために追いつけず、捕まえやすい人間しか追いつける獲物がないから
だ、という説も根拠のないものだったことが分かった。

トラに襲われた事件についての聞き取りを含めた調査研究によれば、トラが人間を襲った
ケースの中に次のようなものもあった。トラが家畜を捕食しているのを人間が見つけ、パ
ニックになったトラが人間を襲って鋭い爪を持つ強力な前脚と牙で引き裂き、殺したケー
ス。あるいは洞窟で子供に授乳中の母トラが子供を保護したい一心で、洞窟に近付いてき
た人間を襲ったケース。また面白い実例として、夜中に焚火の傍で座っている人間ばかり
を襲ったトラのケース。ひょっとしたら、そのトラは森林火災の犠牲者で、火に対する強
いトラウマを抱いていたのかもしれない。また、狂犬病にかかって精神異常になったキチ
ガイトラの例もある。このトラは襲った人間をボロボロになるまでむしり続けたそうだ。

インド政府は地元民に対していくつかのトラ対策を指導した。たとえば森林近くを徒歩で
移動するさい、大勢が連れ立って、にぎやかに集団で通過するように。あるいは畑仕事に
向かうさい、仮面を後頭部にかぶるように。そうするとトラは人間があとずさりしながら
離れて行くように思い、後ろから襲い掛かって来ないのだそうだ。[ 続く ]