「ジャワ島の料理(24)」(2021年12月07日)

しばしば舅のスルタンの食事の相伴をしたことから、ヌライダさんはスルタンが食べてい
る料理に興味を抱いてその作り方を学ぼうとしたが、スマルトヨ氏が語ったような困難さ
のために、スルタンの息子の嫁でありながら王宮料理を極めるのにたいへん苦心したそう
だ。

KRAy ピンタカ・プルノモ、KRAy ウィディヤニンルム、KRAy ハストゥンコロらハムンク
ブウォノ9世の妃たちは毎日、お得意の料理をスルタンに届けて来た。どの色の皿の料理
が誰からのものかということが決まっていて、スルタンは皿の色を見てそれがどの妃から
届いたものかが判るようになっていた。

ヌライダさんは夫の母親である姑のKRAy ウィディヤニンルムにいろいろと教えてもらう
ことができた。王宮の中での嫁という立場がそれを可能にしたのは言うまでもない。かの
女はそのとき、妃たちの間で互いに料理のレシピが極秘にされていることを知った。実際
に料理を作るのはそれぞれの厨房の宮僕たちであり、それぞれの宮僕たちも主人への忠誠
を尽くして、厨房の中のことを絶対に外に漏らさなかった。

他の妃たちに教えてもらうのは不可能でも、その作品から厨房の中を覗き見ることができ
る。ヌライダさんはスルタンの相伴を熱心に勤め、ときどきスルタンが分けてくれる料理
の味を舌に刻み込ませた。そして自分の厨房に戻ると、その味の再現に没頭したのである。
それはたいへんな努力だった、と往時を回顧してかの女は語っている。何度も何度も同じ
料理を作り直して、スルタンの食堂で味わった舌が覚えている記憶にぴったりするレシピ
を研究したのだ。

そのようにして蓄えたレシピが十分な量になったとき、ヌライダさんはWarisan Kuliner 
Keraton Yogyakartaと題するレシピ集を世に送った。2008年のことだった。


ガドリレストのお薦め料理のひとつにnasi blawongがある。これはスルタンの誕生日や即
位記念日(ジャワ語でnetonと言う)にのみスルタンが食す料理であり、ネトン日の夕方
にKanjeng Kiai Blauと名付けられた、骨とう品とも言うべき相伝の青色の皿に盛りつけ
られてスルタンに供される。

このナシブラウォンは、bumbu bacemを塗った鶏肉を揚げたもの、telor pindangを揚げた
もの、ロンボッケトッ、牛肉角切りとブンブを炒めたもの、サンバル、ルンぺイェから成
っている。ブラウォンとはいったい何かということになると、キヤイブラウに由来してい
ることはすぐ分かる。じゃあ、ブラウとは何かということになると、なんとオランダ語で
青を意味するblauがそのまま使われていたのである。 オランダ渡来の焼き物だったのだ
ろうか。

ちょっと変わったところでは、bistik edanという冗談めいたメニューもある。ジャワ語
のエダンとは「狂った」「イカれた」を意味するが、欲望や感情を激しく揺さぶるものに
も使われる。「あれを見ていると気が狂いそうになる」というような用法だろう。

ビステイッはビーフステーキのことだ。ところが名前はビステイッでも、肉は牛でなくて
鶏が使われている。鶏肉の全体に塗りたくられているブンブは種々のスパイスにトウガラ
シたっぷりの超ホットなもので、インドネシア人でさえこれを食べると開口一番「わっ、
エダン!プダスニャ・・・」と叫ぶためにその名が付いたというのが、その名の由来に関
する解説だ。

飲み物はウェダンなしでは済まない。ハムンクブウォノ1世以来、歴代スルタンが愛飲し
たウェダンがロイヤルスチャンという名前でガドリレストのメニューに載っている。歴代
のスルタンは特別の訪問客にこのウェダンを供するよう命じたそうで、どうでもよい客に
はきっと別のウェダンが出されたのだろう。ジャワ人の細やかな心遣いは最上位者からし
もじもに至るまで、徹底しているようだ。

ロイヤルスチャンにはシナモンの一片が乗っている。見た目の飾りとして、また風味をよ
り充実させるための相乗効果を一片のシナモンが果たしている。[ 続く ]