「黄家の人々(10)」(2022年06月09日)

「はっはあ、頭家は実にお目が高い。このヒアンニオはうちの店でナンバーワン。綺麗で
小柄で善良で柔らかくて・・。世界にふたりといない娘ですよ。うちの店に来てまだ数日
しか経ちません。マカオで買ったばかりですから。お客はみんながこの娘を欲しがって奪
い合い。でもねえ、ちょっとお値段が張るんですよ。」
「じゃあ、ヒアンニオの茶碗はまだぴったりふさがっていて、一度も開かれたことがない
んだね?」
「そんなところです。みんなが付ける値ではまったくつり合いが取れませんから。さあ、
ジャワの頭家が付ける値はいくらになりますかな?」
「まず、証明してもらわないことにはねえ。」
「もちろん、もちろん。」

バタウは先に立って階段を上る。ウイ・セがそれに従う。この長い建物にはたくさんの部
屋があり、そのひとつひとつに娼妓がいる。扉の閉まっている部屋は活動中で、客待ち中
は扉が開いている。中にいる娘たちはきれいな笑顔をウイ・セに見せる。こんな天国に来
れば、ウイ・セの憂鬱も吹き飛ぶだろう。

どの部屋も良い香りが漂っていて、ウイ・セの自宅で焚かれているマカッサルの香料など、
この半分ほどの値打ちしかない。

17番の部屋に入ると、若い娘の暮らしの艶やかさと清潔さが芳香と共に印象付けられ、
さらに愛くるしいヒアンニオが「頭家、ようこそ。どうぞお座りください。」と可愛い言
葉をかけてくる。ウイ・セは何十歳も若返った気になった。

ウイ・セはバタウに言った。「本当だ。この娘をジャワに連れて行っても構わないでしょ
うな。」
「もちろん、もちろん。」
「じゃあ、言ってくれ。いくら欲しいのかね。」
「わたしゃこの娘のために2千リンギッ使いました。この娘を欲しがる客は3千リンギッ
が最高でした。しかしそれじゃあねえ、わたしの立つ瀬がない。」

ウイ・セはちょっと間を置いた。3千でも4千でもたいした違いはない。大金を蓄えても
使わなければ何の意味もないのだから。生きることを愉しむために使うのが大事なことな
のだ。

「3千5百リンギッ出そう。それでどうかね?」
バタウは首を横に振る。
「じゃあ4千だ。」
バタウは苦しそうに言った。
「はい、仕方ありませんな。わたしの気持はまだ重いですが、この大金持ちのジャワの頭
家をわたしはよく知っている。だからこのヒアンニオをあなたに委ねましょう。願わくば、
年老いるまでこの娘が幸福に生きることができますように。」

そしてヒアンニオに向かって、今からこの頭家がおまえの夫だ、と言った。ヒアンニオは
ウイ・セの傍に来て、恥ずかしそうに辞儀をし、感謝の言葉を述べた。ウイ・セはその夜、
この娼館に泊るつもりでいたが、こんな成り行きになったからには新婚初夜がそこでは雰
囲気がぶち壊しだ。ウイ・セはヒアンニオをシンガポールの自分の家に連れて帰ることに
し、ヒアンニオに持ち物を全部まとめさせ、バタウに頼んで馬車を用意してもらった。

ヒアンニオは手早く自分の荷物を三つの行李にまとめ、娼館の使用人がそれを運び出した。
ウイ・セはヒアンニオの手を引いて階下におり、バタウに小切手を渡した。小切手には4
100という数字が書かれていた。バタウはウイ・セに何度もお辞儀をし、悪魔の微笑を
顔に浮かべて小切手をありがたくいただき、またマカオへ美少女をかどわかしに行かねば
ならない、と語った。[ 続く ]