「ヌサンタラの麺(14)」(2022年07月28日)

その麺を茹でて汁をかけるだけでなく、味付けサワラの細かい切り身がそこに混ぜられて
いるから、汁と麺だけという単調さは大いに軽減される。


中部バンカ県コバの町でこの麺を商っている食事ワルンがあった。そのころ、バンカブリ
トゥン島はまだ南スマトラ州に属していた。2000年末にバンカブリトゥンが州として
分離したあと、州の産業振興のために展覧会が頻繁に催された。そんな展覧会に出展する
よう中部バンカ県がそのワルンを誘った。地元行政が推す地元の美味い物ということだっ
たのだろう。

ところが地元ではただミーと呼ばれているだけだったから、固有名称が必要になった。そ
うしなければ宣伝のしようがないのだ。そして中部バンカ県令がミーコバという名前を付
けさせた。ミーコバは展覧会でかなりの人気を集めたそうだ。


2010年2月のある日、バンカブリトゥンの州都パンカルピナンを取材に訪れたコンパ
ス紙記者は、地元の友人に誘われて朝食を食べにミーコバのワルンを訪れた。バライ通り
にあるミーコバのワルンに着くと、午前8時だというのにたいそう混雑している。勤め人
がそこに朝食を食べに来ていたのだ。しばらく待っていると席が空いたので、記者と友人
は座った。

記者が店員にメニューを求め、どんな麺ができるのかと尋ねたが店員は当惑した顔を見せ
るばかりだ。友人が記者にささやいた。「ここはミーコバだけを売ってるんだ。メニュー
はそれ一種類だけ。何も言わずに座って待っていれば、自動的にミーコバが目の前に置か
れるよ。」

ほどなく、何も注文しないのに店員がミーコバの皿を持って来てふたりの前に置いた。サ
ワラの汁に浸っている茹で麺に生モヤシが載っていて、上にバワンゴレンとセロリ葉のみ
じん切りが振りかけられている。それに不足があれば茹で卵を追加できる。テーブルには
サンバル・醤油・ケチャップ・リモミカンなどが置かれていて、好みの味にすることもで
きる。一皿8千ルピア、茹で卵を追加すると1万ルピアというのがお値段だった。

このミーコバ一本槍のワルンでは、一日に麺を30キロ消費する。1キロで15食分にな
るそうだから、毎日450食が売れているという計算になる。混みあう日ともなれば、そ
んな数では済まないだろう。


バンカブリトゥン島もムラユ文化と中華文化が共存している土地だ。古くからたくさんの
客家人がやってきて住んだ。そのプラナカンが住民人口のかなりの比率を占めている。一
時期ジャカルタ都知事を務めたアホッ氏もブリトゥン華人プラナカンのひとりだ。

バンカブリトゥン島での錫採鉱のためにオランダ人が華人を移住させたという一面的な話
が一般的に知られているのだが、実際にはまず18世紀に客家人がバンカ島の錫を採掘す
るために、自主的にやってきた。かれらは男だけでやってきたから、地元のムラユ娘を妻
にしてプラナカン家庭を築いた。そのためにバンカ島の華人はムラユ文化と中華文化の混
交が深い。一方、ブリトゥン島では1852年からオランダの錫鉱会社が客家人労働力を
呼び寄せたため、たくさんの客家人がそれに応じた。かれらの多くは妻を同伴して来た。

だからバンカ島とブリトゥン島は同じ客家文化を持つ華人たちが華人コミュニティのマジ
ョリティを占めているとは言うものの、両島の間の客家人プラナカンが持っている傾向に
は違いがあるのだそうだ。

ともあれ、華人移住者が集中的に住んだ、ヌサンタラに数少ない地域のひとつであるバン
カブリトゥンでは、中華風の食べ物が社会全体に定着した。ムラユ=中華文化の折衷形態
になったのは当然な話だ。麺はその中のひとつだが、他にもpantiau, hok lopan, otak-
otakなどがある。[ 続く ]