「黄家の人々(58)」(2022年08月16日)

副レシデンはその場ですぐにタングラン警察宛に手紙を書いてサインし、スーキンシアに
渡した。スーキンシアはそれを手にすると、夜だというのに即座にタングランに向けて出
発した。

マヨールはここぞとばかり、タンバッシアが行って来た悪行の数々を洗いざらい副レシデ
ンに話した。実にさまざまな事件にタンバッシアが絡んでいたことを知った副レシデンは
呆れ顔を見せた。警察が知っていたのはそのうちのほんの一部でしかなかったのだ。


翌朝早く、副レシデンはタングラン警察を統括するドゥマンに伝令を送った。「ウイ・タ
ンバッシアを逮捕して留置せよ。」

ところがしばらくすると、タングランのドゥマンから連絡が来た。「今日タンバッシアは
バタヴィアのパサルアスムに出かけて闘鶏をしております。」

それを受けて副レシデンはポアマン長官に連絡した。
「パサルアスムで闘鶏をしているウイ・タンバッシアを即刻逮捕せよ。この失敗は貴殿の
地位に影響を及ぼすかもしれない。」ポアマン長官はますます何が何だか分からなくなっ
てきたが、任務を遂行するのにやぶさかではなかった。


正午前、ポアマン長官が部下のオパス数人を伴ってパサルアスムの闘鶏場にやってくると、
闘鶏で遊んでいたたくさんの者たちが蜘蛛の子を散らすように逃げて隠れた。警察に何か
の嫌疑でしょっ引かれたら、たいへんなことになるのだ。その辺りは今も昔も変わりがな
いようだ。

タンバッシアは顔見知りの市警長官がやってきたので、迎えるために長官に歩み寄った。
副レシデンの馬車でやってきた長官はタンバッシアに言った。「ババ、もう食事の時間だ
から、闘鶏は中断して食事にしましょう。」

長官はそう言いながらタンバッシアの手を取って馬車に連れて行く。オパスたちはその後
ろを取り巻いて、タンバッシアを逃がさない態勢を取った。その様子から、タンバッシア
にはすぐにピンと来た。警察はオレを逮捕しに来たのだ。何の事件でオレに嫌疑がかかっ
たのだろうか?

「トアン、いったい何があったのですか?わたしはこれからどうなるのですか?」
「副レシデンからの命令で、あなたは監獄に留置される。そして副レシデンがあなたの取
り調べを行うでしょう。」
「どんな事件が起こったのですか?どうしてわたしがその容疑者にされたのですか?」
「実は、ババ、わたしは何も知らないのです。これは副レシデンの命令を遂行しているだ
けなのです。きっとすぐに嫌疑は晴れて、また闘鶏で遊ぶことができますよ。ハハハ。」


タンバッシアが監獄の独房に入ると、長官は副レシデンに命令遂行がなされたことを報告
した。すると副レシデンは長官に対し、タンバッシアを監獄でなく長官公邸に拘留し、逃
亡は元より許さず、外部者との連絡も厳禁するべく最大の措置を執れ、と命じた。長官は
いささかムッとして口答えしたので、タンバッシア監視のためのオパス増員を副レシデン
は承認した。

闘鶏で遊ぶために大枚の現金を持って来ていたタンバッシアはその金を監視任務に就いた
オパスたちにばらまき、長官公邸に留置されている間の飲食や諸事万端に必要な費用をま
かなうよう求め、また自宅への連絡も依頼した。「警察長官宅に拘留された。何の容疑か
わからない。」という伝言が自宅に伝えられた。

タンバッシアの邸宅ではちょっとした騒ぎになったものの、世間には秘密にしておこうと
いうことで合意がなされた。警察側もタンバッシアの留置を秘密にしたため、このできご
とは街の噂にならなかった。[ 続く ]