「ヌサンタラのコーヒー(48)」(2023年12月29日)

ワルンコピソロンの店の表に面しているテーブルは毎朝、毛並みの変わった客でいっぱい
になる。午前10時ごろまで、行政高官・地方代議士・民間事業主・新聞記者などが入れ
替わり立ち代わりやってきてそこに座るのだ。10時を過ぎると、やっとそのテーブルに
隙間ができる。

なんとそこで話されている内容は、州・県・市公職高官の評定からアングラ情報の分析に
至るまで、種々様々な社会政治分野の話がほとんどを占めている。この非公式な場で社会
をリードするひとたちが情報を交わし、討論しているのだ。ポジティブな話、ネガティブ
な話、時には耳打ちするようなビヘイビア。そこのひとびとの間で誰が何を語ろうが、み
んなはその言葉に耳を傾ける。そして伝えたいことを語り、自分は十分な情報を得たと思
ったひとは、コーヒーの一啜りを最後の名残にして立ち上がり、自分の職場へ去って行く
のである。

そのテーブルは最初、2004年12月26日のアチェ大津波災害で家族が行方不明にな
ったひとたちが家族を探すための情報連絡所の機能を担った。その時期が終わったあと、
現在のような政治社会情報テーブルに役割が変化したのだそうだ。

ソロン店主のハジナワウィは代々のアチェ州行政高官がみんな、その職に就任する前に何
度かそのテーブルにやってきたことを覚えている。時には州知事さえもがやってきて、店
の者が知らない間にその討論の輪の中に座っていることもある。店主は注文品を届けるた
めにそこに近付くから、話されている内容が断片的に耳に入ることになる。ハジナワウィ
はその内容がきわめてヘビーなものであることを知っている。

州行政にあずかる公職高官たちが世間の情報を収集したり行政側の意向を世間に流すため
に朝の一二杯のコーヒーをこれほど巧みに利用している地方自治体はふたつとないだろう。
アチェのとある地方政党事務局長はそのテーブルがゴシップテーブルと呼ばれていること
を記者のインタビューの中で話してくれた。


ワルンコピソロンが一日数千人の客を呼び寄せている理由は何なのだろうか。店が淹れる
コーヒーの風味を好むひとが多いという当たり前の理由以外に何があるのだろうか。確か
にソロンで飲むコーヒーのアロマは素晴らしいという声がある。だが味覚の好き嫌いには
個人差があって当然だろう。

ワルンソロンのコーヒーはロブスタの強いアロマと苦味が甘味を大きく抑え込んでいる。
この店で使われているコーヒーはハジナワウィの実弟ハスバラさんが作っているものだ。
アチェコーヒーと言えばガヨと答える条件反射が定着してしまったように見えるインドネ
シアだが、ハスバラは「アチェには他のコーヒーもあるよ。」と語る。

かれはGayoでなくLamnoを使ってきた。その理由はラムノがガヨよりはるかにおいしいか
らだ。ラムノは穏やかな良い香りを持っていて、豆に鼻を近づければそれがすぐにわかる。
ガヨにはその特徴が感じられない。ラムノの入手が困難になったことがあり、そのときハ
スバラはGeumpangを代用に使った。グンパンからはラムノのような香りが得られないもの
の、風味はよく似ている。こうして今ではラムノを3、グンパンを1の割合でブレンドし
たものをかれは焙煎している。

ハスバラは焙煎のタイミングが味の決め手だと言う。40キロの豆を回転式ドラム缶に入
れ、2時間半かけて熱する。焙煎の火を止める直前にかれはマーガリンと砂糖をドラム缶
の中に混ぜ込む。油分と旨味を高めるのが目的だ。そして5分間放置し、そのあと平たい
容器に移して熱を冷ます。扇風機の風を当てて冷ましたコーヒー豆はワルンコピに送られ、
その店の厨房で粉に挽かれる。[ 続く ]