「ヌサンタラのコーヒー(47)」(2023年12月28日)

面白いことに、客で混みあっていて煙草の煙に満ちているクダイコピであればあるほど、
客はその店に入ろうとする。アチェ人の文化が発現させているこれほど特異な現象は世の
中にあまりないのではないだろうか。

アチェのクダイコピでは、テーブルに置かれた一杯のコーヒーとスリカヤを塗った一切れ
のパンを前にして、ひとびとは何時間もおしゃべりに興じる。驚くべきことに、店主はニ
コニコとその状況を眺めているだけ。しかめっ面をして塩でも巻こうかという風情の店主
はどのワルンに行っても見つからない。

客はみんな、好きなだけそこでおしゃべりし、商談や話が終わったひと、用事があってそ
れをしなければならないひとなどがそれぞれ店から立ち去る。空いている椅子やベンチの
隙間を見つけたひとがまたその空間に入り込む。賑わいはいつまでも途切れない。


アチェのクダイコピが見せているその繁盛ぶりは当然、社会悪という副作用を招き寄せる。
自分もワルンコピの常連だと自認するかつての州知事が語ったところによれば、業務時間
なのに役所の事務所が閑散としていることがよく起こるそうだ。おかげで州知事自身が近
隣のワルンコピにスウィーピングをかけるようになった。それ以来、公務員の制服を着た
客はみんな、コーヒーを飲んだらそそくさと立ち去るようになった、とあるワルンコピ店
主は語っている。

家庭の主婦たちからの別の苦情もある。夫はスブの礼拝を終えると出かけてしまう。妻が
早朝から夫の朝食を用意したというのに、夫は陽が高くなるころにやっと帰って来た。し
かし夫は妻が作った朝食に手を付けようとしない。どうしたのと尋ねると、「朝食はワル
ンコピで食べたよ」と夫に言われて、妻はがっかり。


アチェ人のワルンコピ嗜好がアチェのワルコップビジネスを繁盛させていることは間違い
ない。じゃあ美味いコーヒーを用意し、客が長居をしてもニコニコ笑っていれば商売繁盛
するのかと言うと、決してそんなことはない。店主や従業員は常連客の顔と好みを覚え、
だれと一緒に来るのか、好みの席はどこか、といった顧客管理を頭の中でしなければなら
ないのだ。

同じワルンコピに何度か通うと、そのうちに注文を聞きに来ないで、その代わりにいつも
注文しているコーヒーがストレートにテーブルに置かれるようになる。しかしそんなこと
をしない店では、従業員が何度かやってきた客にまた注文を尋ねる。すると、シニカルな
表情で「ここはクダイコピじゃないのか。」と言われる。

もしもその客のいつもの注文品と違うものを持って行くと、もっと嫌味を言われる。「オ
レがいつも注文しているものをオマエは知らないのか。」

そういう失敗が繰り返されたら、その客は二度とその店に来なくなる。かれは別の、自分
の好みに合うコーヒーを飲ませてくれて、おまけにもっと気の利いたワルンコピの常連客
になるのである。


バンダアチェ市内ウレーカレン地区のワルンコピソロンは市民の間で名前の知られた店の
筆頭に置かれている。店構えや店内の設備はアチェで昔ながらの一般的なクダイコピと何
の違いもない。ただ大理石の丸テーブルと四角い長テーブルが広大な店内にたくさん置か
れていて、客はプラスチック製の個別イスに座る。店内にはテレビもワイファイも何もな
い。供されるコーヒーの値段も市内の相場に合致しており、食べ物もだいたいどこのワル
ンにも置かれているようなものがこの店でも売られている。ところが、毎日2千5百人く
らいの客がこの店にやってくるのだ。13人の従業員がそれをさばいている。

店主のハジナワウィさんは「客のおしゃべりから、いろんな情報知識が得られますよ。お
まけにこの店をひいきにしてくれるお得意さんの性格まで、おしゃべりを聞いていると見
えてきますね。」と記者に語っている。[ 続く ]