「ヌサンタラの紙(終)」(2024年04月16日)

縦横およそ1.5x2メートルの布にカマサン絵画を描き上げるのにたいてい一ヵ月を超
えていたが、年を取ってから一ヵ月足らずで完成するようになった。古典絵画であるがた
めに、描く時には精神集中が必要とされる。年を取ると精神集中が上手になり、また持続
時間も長くなるのだろうか、それとも気を取られる雑用が減るためなのだろうか。もちろ
ん人によってその辺の要素は確実に違って来る。絵筆の運びの速さ遅さや強さも異なって
当然だ。

スチアルミは若いころ、絵の構想を頭の中に描き上げたものの、それを忘れることがしば
しば起こった。そのため、神や祖先の力で自分の仕事がうまくいくよう、真剣に祈るよう
になった。インスピレーションを得るために自分の持っている力を強め、また自分の仕事
に障害が起こらないように神に願うのだ。
「昔のわたしは、描こうとするものを頭の中に作り上げたというのに、それを忘れてしま
うことが起こりました。ストーリーの展開も忘れてしまうのです。突然、すべてが頭の中
からポッと消えて無くなるのです。だから祖先にお祈りをし、忘れた記憶が自分に戻って
来るよう、祖先の力添えを乞いました。」

時代の進歩はさまざまな新しい画材を用意してくれている。しかしスチアルミのアトリエ
にあるのは昔ながらの伝統的なものばかり。米粉を引いたブラチュ布は必須だとしても、
竹とナオの枝の画筆、色絵具はペレやクンチュそして支那墨。速い筆さばきでかの女が描
くものはすべて昔ながらの伝統素材が使われている。「昔から作られてきたカマサン絵画
は長持ちします。必ず十年以上もちますよ。」


スチアルミが最初に描いた作品はアルジュナウィワハの物語の一シーンだった。ワヤンの
人気登場人物パンダワリマのひとりであるアルジュナが人間的完成を目指して瞑想してい
る姿を描いたものだ。1976年にデンパサルアートセンターで開かれた展示会で好評を
博し、スチアルミがカマサン絵画界で名を挙げるきっかけを作った。スチアルミの作品は
既に国内外でカマサン絵画の優秀作品の折り紙付きで認知されている。

画壇への登竜門になった自作のアルジュナウィワハをかの女はたいそう誇りにしており、
それは誰にも売らないで大切に保管されている。それを買いたいひとが来れば、そのひと
が好む色を使って同じものをもうひとつ作り、それを販売している。

クルンクンのカマサン村は観光村に指定されており、ガイドに案内されて国内外の観光客
が訪れる。カマサン村はカマサン絵画の発祥地として、伝統絵画を制作販売している家が
少なくない。

スチアルミも自宅にギャラリーを設けて自分の作品を展示し、客に販売している。価格は
おおよそ、制作に要した時間とエネルギーに応じたものになっていて、一枚20万ルピア
のものから数百万ルピアにのぼるものまでさまざまだ。


自分の生涯をカマサン絵画の制作に費やして来たスチアルミは若い世代の絵画制作姿勢に
鋭い批判を向ける。物語の中の一シーンを自分の想像の中で絵画の形式に作り上げ、それ
を描き写すのがスチアルミの制作姿勢だった。ところが今の若者たちがしているのは先人
が描いた作品を模倣しているだけにすぎないというのが、かの女の目に映っている現在の
姿であるようだ。

カマサン絵画がいくら伝統絵画であるといっても、画家は自分の創造物を制作しなければ
ならない。そのためには物語を十分理解して自分の内面にしっかりと捉え、物語の中のひ
とつのシーンを頭の中で構想し、自分の作ったイメージを画布の上に描き尽くしてはじめ
てその作品がアートになる。そのための訓練が今の若い画家たちに欠けているというのが
スチアルミの批判だ。

画家は自分が描いたシーンについて、それに関わる物語を語ることができなければならな
いとスチアルミは求めているのだ。かの女は言う。「カマサン絵画は、ただきれいに描け
ており、それを飾って審美的な歓びを得ればそれで済むというものではありません。売る
ために作られる伝統芸術のコピー品になってはいけないのです。今の若い画家たちのどれ
ほどが、自分の描いた絵についての物語を語ることができるのか・・・」
スチアルミは次世代のカマサン絵画制作者に対してそう要求している。[ 完 ]