「再・借用語のカオス」(2025年06月26日) ライター: 文司の物理学者、リーク・ウィラルジョ ソース: 2005年4月2日付けコンパス紙 "Kritis dan Ayak" 2005年3月12日付けコンパス紙は検討されるべきふたつの語彙、kritisとayakを示 した。前者は博士スジョコ教授がMengkritisi... Uuhh!というタイトルでこのコラムに採 り挙げた。後者はSkandal Penyelundupan Pengayak Nuklir oleh Ilmuwan Pakistanとい うタイトルの社説に使われている。 kritisという言葉はいくつかの異なる意味を持っている。mengkritisiという、スジョコ が批判した言葉はmencermatiの意味だ。それに対応する英語はto critisizeではなくてto scrutinizeである。 ある大統領候補者を支持する有権者が他の候補者について言うkritikはkecamanだ。その kritikを述べる有権者はpengecamだと言える。kritikusを使ってもよいけれど、必要ない だろう。われわれが遠ざければならないのはkritisiの語だ。同様にpolitisi, praktisi. akademisi等々も含めて。 なんでakademiwanやpolitikawanにしないのか? kritisはgawatやgentingの意味で使うこともできる。プーリーのケーブルが切れそうであ ればgentingと言う。いつでも戦争が始まりそうな、熱を帯びて緊張した状態もgentingあ るいはgawatと言える。rawanをgentingやgawatの同義語にしているスジョコの考えにわた しは賛成しない。複合語tulang rawanの場合のrawanはtidak kerasの意味であり、対応す る英語の語彙はvulnerableの方がぴったりする。その語はrentanよりもワンステップほど 同情されてしかるべき状態を表現している。 誰かの見解に鋭く焦点を当てたエッセイはulasanまたはbahasanと呼ばれる。(スジョコ はbahasanでなくてbahasと言っている。)それについての英語の対応語はreviewだ。その 筆者はpengulasあるいはpembahasになる。ulasan/bahasanに反対する回答はtangkisanと われわれが呼んでいるものだ。英語ではそれをrebuttalと言う。 スジョコの提案は関心を払うに値するものだが、エクストリームなアンチ外国語精神を持 つ必要もあるまい。その外国語彙が音写あるいは翻字で容易なインドネシア語綴りになり、 その発音に困難がなければ、その語が持っている語義概念がスムースに摂取されてインド ネシア語話者が利用できるようになるのを否定できないだろう。 たとえばsubcritical assemblyという術語をわれわれはrakitan bawah-gentingと翻訳し て使わなければならないのだろうか?rakitan bawah-gentingという言葉を耳にした者の 脳裏にどのようなイメージが映るだろうか。脳の中を覗いて見ることができるなら、ほと んどの者の脳裏にはPo-Beのような外部中性子源を運転に必要とするコア原子炉の像など 影も映っていないとわたしは思う。かれらの脳裏には多分、ひとりの御者が馬車に馬をつ ないでいる情景のイメージが映じていることだろう。その作業が瓦屋根になっている厩舎 で行われている図が。 centrifugeのインドネシア語としてpengayakを対応させたのは不適切だった。mengayakと はふるいを動かして網の目から小さい粒が落ちる効果を迅速にさせる作業を意味している。 centrifugeの働きはそうでない。回転させて天然ウラニウムからより大きいアイソトープ を分離させる装置なのだ。質量の違うものを分離させて取り出す作業にsentrifugal方式 を使えば、対象物は外に向かって放出される。だからそれを表現する場合にpengayakとい う言葉よりもpengemparを使う方が適切なのである。 pengayakの語尾/k/を捨ててpengayaとしていたら適切になっていた。最適にはpemerkaya の形だ。たとえば0.71%から3.5%にU-235の濃縮度を高めるプロセスはpemerkayaanと呼ば れている。 pengayakが不適切であることに変わりはないものの、その意味をpenyaring/penapisとし て受け取るなら、拡散技術の中ではpemerkayaanに近付くことになる。というのも拡散プ ロセスはたいへん微細なフィルター孔を通してなされるからだ。それゆえに、アイソトー プU-235はU-238よりもたくさんフィルター孔を通過するのである。