「続・印尼華人の実像(1)」(2025年06月28日) オルバ期の華人系国民に対する抑圧政策、と言って悪ければ強圧的同化政策、が政権崩壊 と共に終わりを告げ、レフォルマシ時代の風が吹きすさぶ中で華人復権あるいは華人への 自由化政策が開始された。しかし同化政策が継続した32年間というのは実に長い歳月だ ったと言える。世代交代が十分に起こり得る期間だったのだから。 華人系国民は好むと好まざるとにかかわらず、確実にその影響を被った。マレーシアとイ ンドネシアの華人系国民の間には資質の面で大きな違いが生じている。さまざまな要素が その違いを作り出したにせよ、オルバレジームの同化政策が与えた影響もたいへん大きい ものだった。 インドネシア語雑誌インティサリのオンライン記事はその両者の差異を次のように論じて いる。 1.インドネシア華人は日常生活でインドネシア語や地元の地方語を使っているのに対し、 マレーシア華人はマンダリンあるいはその他の中国地方語を使っていて、マレーシア語を 使えない者が少なくない。 2.ナショナリズムに関しても、イ_ア華人はインドネシアへの心理的傾倒が強く、イン ドネシアへの帰属意識を多分に持っている。マレーシア華人はマレーシア連邦への帰属意 識が薄い。かつての民族運動期にイ_ア華人の一部がその運動に加わった実績があるのと 対照的に、マレーシア華人はマレーシアの民族運動にほとんど参加しなかった。マレーシ アの民族運動はブミプトラが担った。 3.宗教については、イ_ア華人はキリスト教・イスラム教・仏教を信仰している一方、 マレーシア華人は仏教や道教の信仰者がマジョリティを占めている。異宗教との寛容性は インドネシアの方が高く、イスラム教を国教にしているマレーシアでは宗教面の差別も起 こるために非ムスリム華人の宗教的な寛容性はあまり高くない。 4.イ_ア華人は全国民に開かれた政治活動の機会をつかんで国政に参加しており、都知 事や県令を務めたイ_ア華人も存在している。マレーシア華人には国政の舞台中央の場所 が与えられておらず、マージナルで受け身の存在だ。だから当然の帰結としてマレーシア 華人はマレーシアの国家と国政へのロイヤルティが持てず、かれらのロイヤルティは華人 コミュニティに向けられることになる。 5.文化に関しては、イ_ア華人はインドネシア文化と中華文化を融合させることを活発 に行ってきた。プリブミとの混血者であるプラナカンはそれを行う絶好の位置にいる。そ のために異文化に対してオープンで柔軟に接し、異文化を尊重する姿勢を持っている。一 方、マレーシア華人は華人コミュニティ内の文化を尊重し、保守的で伝統を守ろうとする 傾向が強い。異文化と接触する機会が少ないために閉鎖的で硬直的だ。 インドネシアで華人系国民への自由化が始まった2000年代初めごろ、国民社会オブザ ーバーは華人系プラナカン国民が二種類いると分析した。そのひとつは、オルバの政策が 開始される前の時代までに学校教育や家庭教育の中で中華文化を精神の基盤深く吸収した ひとびとだ。かれらの現在と未来に対するパースペクティブは中華系の人種と文化に彩ら れている。 もうひとつは、1965年以降にインドネシアに生まれ育ったひとびとで、かれらはイン ドネシア国民に対する一元的な学校教育を受けて成長したために、かれらの世界を見る視 点はインドネシア的なものになっている。オルバ政府は中華系学校教育を禁止し、学校閉 鎖を命じたのだ。[ 続く ]