「デリのニャイ(14)」(2025年07月04日) 2台のサドが農園のゲートから中に入って行った。管理人助手の家を目指して進む。その 道の脇に華人がひとり立って、トアンの後ろから来るサドを見ていた。新客華人だ。辮髪 に黒ずくめの中華服を着ている。ロスミナを凝視する目が欲望にぎらついていた。この華 人はこの農園のクーリー監督人たちのチーフだ。監督人頭ということになるだろう。 『小ボスはホテルの女を連れてきたな。それにしてもいい女だ。わしにも金はたっぷりあ るから、あの女と遊べるぞ。』監督人頭はそう思った。カスミンはその華人の様子を見て、 金づるがもうひとつできたと舌なめずりした。こいつにはロスミナが高く売れそうだ。 2台のサドが管理人助手の家の表に止まると、下男がトアンの荷物を中に運び込む。カス ミンとロスミナもトアンの後ろに付いて家の中に入った。「ふたりとも、わたしのこの家 で借り猫みたいにしちゃいけない。自由に振舞ってかまわない。」するとカスミンがトア ンに近寄って言った。 「トアンに申し上げます。わたしにはトアンのお宅の場所がもう分かったので、いつでも 姪に会いに来ることができます。わたしはこれから知り合いに会いに行かなければならな いのですが、手持ちが底をついてしまったのでトアンのお情けにすがりたいのです。もし よろしければ5ルピアを貸していただけませんでしょうか。」 カスミンをロスミナの伯父と思い込んでいるトアンは快く了承した。 「ああ、全然構わないよ。」と言って5フローリン札を一枚、財布から取り出してカスミ ンに渡す。「お金が足りなくなったらいつでも貸してあげるから。」 カスミンはトアンに礼を言うと、「夕方に戻ります。」と言って家から外に出た。そして そこからあまり離れていないところに建てられている農園幹部職員の住宅をかれは目指し たのである。 さっきの華人監督人頭は自宅の表に座っていた。ついさっき目にしたロスミナの姿がこの 男を疼かせている。頭の中では、どうやって思いを遂げようかという一項が自問自答され ている。こちらに向かって歩いて来るカスミンの姿が目に入ったとき、監督人頭は反射的 に椅子から立ち上がった。あれはロスミナと一緒にサドに乗っていた男だ。こいつに仲介 させるのが一番便利だ。 近くまで来たカスミンに監督人頭が声をかけた。「友よ、ちょっとここに寄って話をしま せんか?」。願ってもない先方からのアプローチにカスミンも顔をほころばせる。 屋内に入ると、華人らしく飾り立てられている応接の間があり、そこにはチーク作りの大 きな縁台が置かれている。中央に小さい座卓と木の枕が2個あり、ふたりの人間が横にな ることができる。座卓の上には煙管と燃えている火芯、そして美しい彫刻の入ったアヘン 入れが置かれていた。同じ素材と同じ体裁で作られたイスとテーブルが少し離して置かれ ている。カスミンはその監督人頭の財力を推し量った。メダンの町中に住んでいる普通の ひとびとの中にこれほどの者はあまりいないだろう。 監督人頭が何も命じないうちに、下男が熱い茶の入った湯飲みを持ってきた。監督人頭が 口を開いた。 「座りなさい。どこからお出でかな?」 「メダンから姪と一緒に。トアンのお気に召した姪にくっ付いて、わたしゃここまで来ま した。」 「ああ、そうですか。まず茶を飲みましょう。」 茶を飲んでから監督人頭は煙管にアヘンを詰めて一本をカスミンに渡した。 「まあゆっくりしてください。一服しながら話をしましょう。そのほうが気遣いがいらな いから。」 「頭家のおもてなしに、わたしゃ大恩をこうむる思いですよ。」 [ 続く ]