「デリのニャイ(15)」(2025年07月05日)

アヘン常習者のカスミンは大喜びで煙管を受け取る。久しぶりのアヘンを深く吸い込むも
のだから、三回吸ったらアヘンが燃え尽きた。監督人頭はすぐにまたアヘンをそこに詰め
る。何度かそれが繰り返されて、カスミンは大満足。

また詰めようとする監督人頭を抑えてカスミンは言った。
「わたしゃこれ以上はもう無理です。どうもありがとうござんした。」

監督人頭は本題に入る。
「あんたの姪御さんはたいそうな美人だ。夫はどこにいるのかね?」
「頭家はご存知ないでしょうが、あの娘はトゥンクの側妾だったんですよ。貴族の妾暮ら
しが我慢できなくなってわたしの家に戻ったんです。するとビニに欲しいと言ってたくさ
ん金持ちがやってきましたが、わたしゃ許しませんでした。ところがこちらのトアンがや
ってきて2百ルピアを置いたから、わたしも同意しました。」
「ほう、スマトラの貴族が欲しがった女か。道理で天女のような美しさだ。」

監督人頭は少しがっかりした。ホテルの娼婦でなくて前歴がちゃんとした人間のビニだっ
た女であれば、そう簡単に欲望を遂げるのもむつかしそうだ。
「だからこの姪はすべすべした白い肌をしていて、農園のクーリー女みたいな真っ黒でガ
サガサの肌じゃないですよ。」
「いやいや、そんなことはない。クーリー女の中にもきれいなのはいる。」
「その通り、クーリー女の中にもきれいなのはいます。でも稀だ。」
「わたしは金をたくさん使っていろいろ女遊びをしてきた。今でも20万ルピアくらいは
持っている。」
「毎年タバコ葉の収穫があって頭家には大金が手に入るんだ。金を惜しんで自分の生きる
愉しみを見捨てることはありませんよ。一生は一回きりなんだから。」
けしかけてくるカスミンに監督人頭は喜ぶ。

頭家とはインドネシア語のtaukeのことだ。元々福建語で、店の主人を客がそう呼び、ま
た店員が雇い主をそう呼んだ。昨今、他人をボスと呼ぶ習慣が広がっているが、そのボス
という語の用法に近い。タウケとお読みください。


カスミンはロスミナのトアンから手に入れた5フローリン札を取り出して監督人頭にお願
いした。「頭家、わたしの紙幣を銀貨に交換していただませんかねえ。」

トアンのニャイと遊びたい監督人頭が、唯一の頼みの綱になったカスミンの依頼を断るは
ずがない。かれはすぐに引出しを開けて中からコインの入った袋をふたつ取り出し、カス
ミンに渡そうとする。その袋には総額で10フローリンくらいのコインが入っているのだ。
「友よ、この小銭を持って行きなさい。わたしらが友人になった印だ。もっと必要になっ
たらいつでもここへ来なさい。わたしらは友達になったんだ。助け合わなきゃあ。」

カスミンはここでまたひと芝居打つ。両手を振って拒否を示した。
「頭家、本当にありがたいことではありますが、とてもこの贈り物を受け取ることはでき
ません。」
と遠慮をして見せる。

監督人頭が自分で言い出したことだから、拒否されては顔が立たない。
「遠慮することはない。あんたがわたしと友達付合いしたくないなら話は別だが。」

それでもすぐに受け取れば遠慮がいかにも白々しいから、ニ三回はそんなやりとりを続け
なければなるまい。
「いえいえ、友達付合いしたくないなんて、とんでもない。でもそんなお金をただもらう
なんて、困りますよ。」
と言って引き延ばす。そして最終的にずっしり重いコイン袋をカスミンが手に入れてこの
幕は終了。

カスミンが管理人助手の家に戻るので別れを告げると、監督人頭は
「明日もまた来なさい。いろいろと話をしよう。」
と言ってカスミンを表まで送って出た。まるで賓客扱いだ。
[ 続く ]