「トランスミグラシ(4)」(2025年07月24日) しかし血縁でつながっている家族の人間関係はバリ人の暮らしを傍から見てもおおむね仲 睦まじいのが普通であり、傾向としてそうなっていると言うことはできるだろう。そうで あれば、「兄弟は他人のはじまり」や「嫁に行ったら夫の一族の人間になる」という日本 的価値観はインドネシア人(中でも女性)にとってまったくありうべからざる慣習という ことになるのではあるまいか。 インドネシア人の多くが日本人は冷たいという意見を持っているのも、そうなるべくして 起こっていることなのかもしれない。インドネシア女性が持っているその心理傾向の裏に 母系性原理の影響が存在している可能性をわたしは時おり推測するのだが、決して確信が あるわけでもない。 一方で、ヌサンタラの中での諸種族間の移住を古い昔から行われてきたものと語る西洋人 歴史学者もいるにはいる。とはいえ、その内容は西洋人がやってきてから記録に残される ようになったものであるため、それ以前の内容については確証が得られないというのがそ の学者の解説になっている。 ジャワ人の心情も一般的に移住をネガティブに見ていたのではないかと思われるが、しか し政府は国民福祉の観点から、ジャワ島とジャワ島外にある異常な人口密度の較差を平準 化し、土地利用や労働力の配分を近付けることで経済力を均等化し、全国民が享受するべ き福祉の度合いをトータル的に向上させることをこの政策に期待しているのである。 そのため、強制という趣は薄いように推測できる。と言うのも、移住が本人の自由意志に よって決意されなければ国民福祉という大目的が崩れてしまうおそれが高いのだから。 ただし現場レベルの実態がどうだったのかについては、何とも言いようがない。行政機構 末端の役人は上が望むことを実現させなければ自分の身が危うくなると思うのが普通だろ うから。 この移住政策はジャワ島の貧困農民(正確にはジャワ・マドゥラ、そして後にバリも対象 に加えられた)に外島(スマトラ・スラウェシ・カリマンタン・マルク・パプア)の土地 を与えて農業生産を行わせるというコンセプトだったことから、やってきたジャワ人入植 者は二級の人間というように外島の住民の目に映ったことは想像に余りある。優秀な人間 なら自分の土地を持って耕作しているはずだから、移住などしないに決まっている。 その結果、移住先でばかりか、移住農民が劣等者として見下される状況が全国的に起こっ ていた。移住農民とまったく接触のない都市部でも、そのような世評が一般的になってい たのである。しかし個人の資質がその者の境遇と合致する場合もあるし、まったく合致し ないケースもある。 土地の無い小作農の家庭に生まれた子供が大人になっても、なかなか自作農になるのは難 しい。だからと言って、その子の資質が劣っているために小作農になっているのかと言う と、そんなところに因果関係は生じないのである。 移住者が入植すると新しい土地を開拓して村を作る。その村の運営はおおむね良好に行わ れ、また生産された作物の販売が利益を生んで徐々に裕福な村になっていく。近隣の地元 民の村々との交流も友好的に行われ、婚姻関係が結ばれ、伝統芸能の相互乗り入れが行わ れたりする。資質が二級の人間ばかりであれば、なかなかそうはいかないだろう。 「トランスミグラシ村の住民の中にも、生産的な精神と高い勤労意欲を持つ者が少なくな い。かれらの多くは成功者になっている。よその土地にやってきて、そこで生きているか れらは、たいてい不屈の精神と柔軟な考え方を持つようになる。二級の人間には難しいこ とだ。」トランスミグラシ政策関係者のひとりはそう語っている。 中にはひとつの村が全員で移住したケースもある。個人を寄せ集めて入植地に村を作らせ るよりは、移ったあとの生活が早く安定するのは目に見えている。[ 続く ]