「JKT−BDGエクスプレス(8)」(2025年09月04日)

その選考に際してジョコウィは、費用・技術・構造・テクノロジーとは別に、国家間の長
期の見通し、ローカルコンテンツなどの要素もすべて計算した上で出すことになると記者
団に語った。

そして最終的に中国側がこのプロジェクトのパートナーになるという選択に至ったのであ
る。その最大の要因はジョコウィ大統領の希望するBtoB方式を中国側が受け入れて、事
業の債務保証をインドネシア政府に要求せず、技術移転に関してもよりオープンな姿勢を
示したことがその結果を生んだとインドネシアのマスメディアは解説している。日本側は
最後までインドネシア政府からの保証を要求し続けたそうだ。それがこのプロジェクトの
明暗を分ける結果になった。そこがもっとも本質的な部分であり、入札に不正があったた
めに日本側が敗れたなどと噂されているようなレベルの問題ではないと思われる。

インドネシア側が持った政治意志に日本が応じなかったことがその結果を生んだという解
釈がインドネシア側から見たそのできごとの内容だ。それまで親日国だったインドネシア
が現大統領の下で親中反日に変わったというような好き嫌い問題とは無縁の話だろう。世
界の外交が好き嫌いベースで営まれているという日本の世界観は日本人の世界知らずを絵
に描いたようなものかもしれない。

そんなことよりも、ジョコウィが述べた国家間の長期の見通しという言葉をわれわれは軽
視するべきではないだろう。国家間の関係は広範な領域にわたっているのが普通だ。最先
端技術はその中の一部でしかない。大きいキャパシティを持つ国がこの先伸びていくのか
いかないのかを見極め、行かない国よりも行く国との関係を深めていきたい。そういうこ
とをかれの言葉は意味しているのではないだろうか。中国が選択されたということの意味
合いをそこに関連付けるのは偏った見解だろうか?

このできごとに関連して何者かが行っている陰険な誘導と操作にのせられてインドネシア
という国に悪意を持つようになるほど愚かなことはあるまい。インドネシアの大統領は日
本という国の将来性が中国に比べて不安であるということをその入札の中で示したという
解釈のほうが反日論より明らかに生産的だと思えないだろうか。日本国民がその解釈を持
つことの方が日本の将来のためになるようにわたしには感じられるのである。


バンドゥン周辺にも植民地時代に鉄道網が作られた。バンドゥン盆地の南部や東部に広が
る農園地帯に鉄道を走らせて物産輸送の効率を高めることを主目的にして、南部のチウィ
デイ、南東にあるマジャラヤ、北東のチタリに向かう鉄道が建設されたのである。

国有鉄道会社SSが行ったバイテンゾルフ〜チアンジュル〜バンドゥン〜タシッマラヤ〜バ
ンジャル〜マオス路線の建設の中で1884年5月17日にバンドゥン駅がオープンし、
バンドゥンの東方にあるランチャエカッ駅やチチャレンカ駅もその年に列車が通るように
なった。しかしそのころ、バンドゥンの東隣で3.3キロ離れているチクダパトゥ駅はま
だ作られていなかった。6キロ東にあるキアラチョンドン駅が1893年に設けられ、更
にそのあとの1899年にチクダパトゥ駅が作られた。[ 続く ]