「標準イ_ア語はKBBIで(3)」(2025年10月15日)

ライター: 哲学者・翻訳家、アルフォンス・タルヤディ
ソース: 2012年1月13日付けコンパス紙 "Nabiah" 

サンドラMシュナイダーズ IHMの著作Menemukan Harta di Surga (Bina Media Perintis, 
Medan,2006)の中の著者が献辞を書いたページの中にふたりの名前が記されている。マー
ガレット・ブレナン IHMとコンスタンス・フィッツジェラルド OCDだ。著者はそのふたり
についてfigur nabiah dalam negeri merekaと形容した。

KBBI Pusat Bahasa 第四版の中に見出し語nabiahの語義としてpenjara perempuanお
よびpembawa berita (perempuan)という説明が見られる。その後者の語義にわたしは不明
瞭さを感じた。というのも、その説明がわたしに実兄の死を知らせに来た姪のことを思い
出させたからだ。そのわたしの姪をナビアと呼んでよいのだろうか?

そんなことから、わたしはジョンMエコルズとハッサン・シャディリの共著になるインド
ネシア語英語辞典(1997)を開いた。そこにnabiahの対応語はprophetessと記されていた。
オックスフォードラーナーズディクショナリ(1995)はa woman who is prophetと解説して
いた。nabiahとはnabi wanitaのことなのだ。


KBBIに書かれているpembawa berita (perempuan)とは女預言者を意味していたのであ
る。それに引きずられてわたしはnabiの語義を確認しようと考え、KBBI第四版の中で
見出し語nabiを探した。ところがおかしなことに、ページをめくってまでnabiを探し回っ
たにもかかわらず、見つけることができない。nabiahを見つけた947ページにnabiとい
う見出し語が存在しないのである。nabiahの上にはnabaun、nabet、そして下にはnabil、
nabuという語彙が見つかるだけ。

こりゃ奇妙奇天烈。われわれの日常社会生活の中で頻繁に耳にするナビという語彙がKB
BI Pusat Bahasa 第四版に採録されていないのだ。第四版編纂者たちはナビという言葉
を認知していないのだろうか。その手がかりとしてわたしはnobuatを思い出し、それを探
した。あった。

nobuatの語義はこうなっていた。wahyu yang diturunkan oleh nabi
ということは、見出し語nabiは機械的な編集作業の中でどこかに潜り込んでしまい、ペー
ジの中に割り当てられる機会を失ってしまったのだろう。KBBI初版(1988)の605ペ
ージに見出し語nabiが登場しているのだから、KBBIがその語を認知していないはずが
ない。

KBBI Pusat Bahasa 第四版には、データ提供者としてアントンMムリオノ、マルクス
・スサント、ミンAリファイ、ムハンマッ・ザインJr.、スリ スクセシ・アディウィマル
タ、スリ ティムル・スラッマン、データ収集者として国語センターの137名および全
国にある17ヵ所の国語館と国語事務所がその仕事に携わった。たいへんな人数だ。

9万を超える第四版の採録語彙数を6万2千だった初版に対比するなら、この新版はわれ
われにとって大きな誇りになるものだ。わたしが上に書いた偶然の発見は、人間の不完璧
さをわれわれに思い出させるできごとのひとつでしかない。われわれはミスから学ばねば
ならないという教訓をそれはわれわれに教えているのである。