「標準イ_ア語はKBBIで(6)」(2025年10月18日)

ライター: 文筆家、サロモ・シマヌンカリッ
ソース: 2008年4月4日付けコンパス紙 "Totum Pro Parte" 

今年、国語センターはKBBI第四版を出版するそうだ。採録語彙が増え、改善が加えら
れるというニュースが国語センター本部のあるラワマグンのダクシナパティ通りから聞こ
えてきている。

改善?そりゃそうだ。KBBIの中にしばしばミスや非一貫性が見つかっているのだ。
perhatiという見出し語はなくなるらしい。perhatiはmemerhatikanという派生語の基語と
して2001年のKBBI第三版に登場したものの、イ_ア語使用者から言語オブザーバ
ーに至るまで多数の批判を浴びた。何十年も、いや百年以上前から知られ渡っている派生
語のmemperhatikanはhatiを基語にしているのか、それともperhatiを基語にしているのか。
正しいのはどちらだろうか?

この見出し語一個がイ_ア語使用者やオブザーバーを過去7年間、二つの陣営に分裂させ
た。一方はmemerhatikanを力説してその根拠を示す。その根拠というのがKBBI第三版
だ。他方はなじんだmemperhatikanに忠誠を尽くして自分の正しさを主張する。たとえセ
マンティック面でのhatiとmemperhatikanの間の関連性について素晴らしい説明を示すこ
とが一度も成功しなかったことはさておいて、複合接頭辞のmemper-がhatiに付き、接尾
辞-kanがそこに加えられたものが正しい派生語の形なのだ、と。

数カ月前、コンパス読者フォーラムのメールリストにエルランガ出版のダルマ・フタウル
ッがトババタッ語の世界を通してhatiとmemperhatikanの関係を示して見せた。かれはこ
んな内容のことを書いた。

memperhatikanに対応するトババタッ語はmamarate-atehonならびにmamparrohahonである。
前者の基語はate-ateであり、後者の方はrohaだ。ate-ateは具象名詞としてのhatiであり、
rohaは抽象名詞のhatiである。

わたしの思うに、これこそがhatiをmemperhatikanの基語であるとする説のもっとも的確
な導入部になるだろう。もちろんhatiとmemperhatikanのセマンティック面の関係を理論
付けるためには、まだいくつかのステップが必要とされている。しかし国語センターはこ
れに基づいてKBBI第四版からperhatiとmemerhatikanを除去する意志を固めなければ
ならないのである。


もしもうひとつ注文することをお許しいただけるのであれば、国語センターに改善をお願
いしたいものがKBBI第三版Kata dan Ungkapan Bahasa Asingの中にひとつある。イン
ドネシア語学習の中でたいへん有名な語句になっている、1318ページに採録されたtotem 
pro parteがそれだ。全体を述べながらその一部を示すという言語表現様式なのである。
たとえば Indonesia menang 3-2 atas Malaysia dalam perebutan Piala Thomas.という
ように。

6年前にわたしはラテン語の達人であるダニエル・ダキデーからtotem pro parteの誤り
についての説明を聞いた。ラテン語で正しいのはtotum pro parteなのだ。なぜなら、一
般的で性を持たない中性形のtotumがそこに使われたのだから。男性形ならtotus、女性形
の場合はtotaになる。pars pro totoの場合はそれで正しい。そのtotoは奪格が用いられ
ているのだ。そしてかれはこう付け加えた。

totumからtotemへと、いったいどのようにして変化が起こったのだろうか?その原因はオ
ランダ人がもたらしたものだとわたしは思う。なぜならオランダ語の/u/は完全な[u]音で
ないからだ。オランダ語で完全な[u]音は/oe/と綴られる。

そうそう、書き忘れないようにしなければ。昨日の木曜日にわたしのグーグルマシーンは
totem pro parteの語句を含んでいる文書を17,600件数えあげた。その中にはインドネシ
ア語のものも含まれていた。そしてtotum pro parteを含んでいるものは141,000件あった。