「インドネシア鉄道史(22)」(2025年11月01日)

西ジャワ州東南地方でヌサカンバガン島を東のチラチャップと共に挟む位置にあるパガン
ダラン県へ鉄道を引くアイデアが19世紀終わりごろから出されるようになった。これも
最初は民間からコンセッション申請が政庁に出され、政庁が許可を与えたにも関わらず着
工がなされないということが起こったために、ここでも最終的にSSが鉄路建設を実施する
ことになった。東インド政庁は1911年7月18日付けでバンジャル〜カリプチャン〜
パリギ間の鉄道建設予算を承認した。

SSは1894年に作られたバンジャル駅から南に43KM離れたカリプチャンを経由してパ
リギまでの線路敷設工事を開始したが、結局パリギからさらに5キロほど先のチジュラン
まで総延長82キロの路線を設けることになった。この鉄道ルートは山あり谷ありそして
海まで見下ろせる風光明媚な自然環境の中を通るために、当時から景色の良さはピカ一と
いう評判を取った。

バンジャル〜カリプチャン区間が開通して列車運行が開始されたのは1916年12月1
5日だった。バンジャル駅を出てから最初に到達するバトゥラワン駅との間にさっそく長
さ281.5メートルのバトゥラワントンネルが出現する。バンジャル駅から3.4キロ
辺りの地点だ。オランダ時代にこのトンネルはフィリップトンネルと呼ばれていた。オラ
ンダ人はこの路線のトンネルにオラニェナッソー王家の人物の名前を付けていたのだ。そ
れらの単線トンネルは横幅ほぼ4メートル高さ5メートルの円筒形になっている。

カリプチャン〜チジュラン区間の開通は1921年6月1日になった。カリプチャン駅と
次のスンブル駅の間にはヘンドリックトンネルとユリアナトンネルがあり、スンブル駅と
隣のチプトラピンガン駅の間にもヴィルヘルミナトンネルがある。チプトラピンガンの次
の駅がやっとパガンダラン駅だ。


もちろん独立後のインドネシアでオランダ王家の人名が付けられた地名を続けるようなこ
とはなされるはずがない。現在のトンネル名称は次のようになっている。
フィリップ ⇒ バトゥラワン 全長281.5メートル 
ヘンドリック ⇒ チカチュピッ 全長105メートル 
ユリアナ ⇒ ベンコッ 全長147.7メートル
ヴィルヘルミナ ⇒ スンブル 全長1,116.1メートル

ベンコットンネルは直線でなくトンネルの中ほどで曲がっているためにその名が付けられ
た。ベンコッとスンブルの両トンネル間は距離が4百メートルほどしかない。

それら4トンネル中の最長のものに時の女王陛下の名前が与えられているのは、確かに常
識的でもある。イ_ア語ウィキペディアにはそれらのトンネルがすべて1914年に建設
されたと書かれている。実際のトンネル現場に彫られた1914という年号が見られるの
はバトゥラワントンネルだけ。

スンブルトンネルはインドネシア国内の鉄道トンネルの中で長さナンバーワンの地位を誇
っており、それに続く第二位がカラワン〜パダララン区間にある全長920メートルのサ
サッサアットンネルだ。[ 続く ]