「竹の大砲(2)」(2026年01月28日) 火薬にカーバイトを使う場合、まず砲身に水を入れて雫が垂れなくなるまで待つ。砲身は 大砲のように斜めに設置して火薬がこぼれないようにしておき、砲身の中の水に市販のカ ーバイトを2個入れる。そのあと塩を加えても良い。アセチレンガスが出始めたら、木の 棒に布切れを巻き付けたものを灯油に浸して点火棒にし、それに火を点ける。火を火門の 中に差し込むと中のガスが爆発してズドンという大音響を発する。 灯油を使う場合は、じょうごを使って火門から灯油を適量だけ入れる。火の点いた点火棒 を火門から差し込んで中の灯油を加熱する。大砲の根元付近が熱くなってきたら、発砲態 勢に入る。火門を口で吹いてから点火棒を中に差し込む。中で爆発が起きるまでそれを繰 り返す。 イ_ア語グーグルAIの解説は上のようになっている。たいへん慎重に行わなければならな いとグーグルAIも補足しているように、この灯油を使う方法は顔が大やけどするリスクを 抱えているので、遊び半分で行うようなことはしないに越したことはない。 この竹の大砲のアイデアは、16世紀にヌサンタラにやって来たポルトガル人の持つ当時 の世界最強の武器にヒントを得たものと考えて間違いあるまい。マラカを奪い、マルクを 支配下に置いたポルトガル人と戦争して勝てる者はヌサンタラにいなかった。ポルトガル 人の強さの秘訣は大砲とマスケット銃を使って遠距離から敵陣を粉々に粉砕し敵人を屠殺 する戦法にあり、その戦法に対抗できるヌサンタラの王国軍はひとつも存在しなかった。 ヤシの実くらいの鉄の砲弾を火玉にして発射する大砲にヌサンタラのひとびとがいかに驚 嘆しまた感動したかということを、竹の大砲ゲームは物語っているように思われる。 竹の大砲ゲームの発砲手順が往時の砲撃作業手順を真似たものになっているのは上の説明 から察することができるだろう。ポルトガル軍の砲手が発砲する前に聖母マリアの名前を 唱えてから火門に点火したために、ヌサンタラで大砲の名称がmeriamになったという説は いまや常識になっている。 独立革命期の1947年にミナンカバウ地方では、反オランダゲリラ闘士たちが竹の大砲 をしばしば使っていたと語られている。 竹の大砲ゲームは単にポルトガル人砲手の振舞いを真似する遊びではない。これは出す音 の大きさとクオリティを楽しむ遊びなのである。地面が震動するほどの大音量で張り詰め た爆発音が鳴るとき、ひとびとは体内に湧き上がる興奮を感じながらその勇壮さに感動す るのである。 イスラム社会においては、それがどうしてラマダン月という季節に結びついたのかよくわ からない。大祭に日一日と近づいていく道程がもたらす期待感が勇壮な爆発音によって倍 加する感触をかれらが抱いたのかもしれない。何百年も続けられてきた伝統にとって、そ のような「なぜ」はたいした意味を持たないのだろう。 インドネシアの各地で行われているこの竹の大砲ゲームは怪我のリスクが高いので大人が 砲手になるべきだろうが、実際には若者、特に中学生くらいの思春期に入った男児が受け 持つのが一般的になっているようだ。危険がもたらす恐怖心とそれを克服しようとする冒 険心の葛藤期に入った子供たちを社会がどのように扱うのかという姿がそこに映し出され ているように感じられる。[ 続く ]