「ヌサンタラの紙(2)」(2024年04月02日)

スンダ地方から中部スラウェシ州ロレリンドゥ国立公園に至るまでヌサンタラの各地でか
つて行われていたダルアンシート作りの製法は今から3千5百〜4千年前に行われていた
ものだと見られている。

ロレリンドゥ国立公園の近くにある原住民の部落では10人の年取った女性がダルアンシ
ートを作っている。しかし上質のシートを作れる者はふたりしかいない。上質という意味
は、表面がきれいなこと、カビがなく、幅が広くて透明で、穴が開いておらず、薄さが均
一であることを指している。

ダルアンの木を加工してシート状にしたものは衣服としても使うことができる。ヒンドゥ
時代のジャワ島で宗教指導者パンディタは儀式の際にダルアンを身にまとった。9世紀に
書かれたカカウィン・ラマヤナの中にそんな描写が述べられている。18世紀になると、
ダルアンは神聖さの備わった紙として使われはじめた。その一方で、着用する素材として
も頭部を覆う布、あるいは世捨て人になったことを示す衣服といった特別なシンボルを示
す機能を帯びるようになった。ダルアンシートで作られた現代の衣服は着心地が穏やかで
快適であるため、愛好する人が多い。


一方、紙としてのダルアンは文書やワヤンベベルに使われた。ジャワ島のイスラム化が進
展し始めたころに作られたアルクルアンには、ヨーロッパ製の紙と並行してダルアン紙が
使われた。イスラム化の初期に作られたアルクルアンのもっとも古いものはバリ島で見つ
かった1625年製作のもので、現代の紙のようなとても薄い上質のダルアン紙が使われ
ている。古いアルクルアンについては、17世紀に作られたものが5冊、18世紀のもの
が25冊発見されている。

オランダ時代のヌサンタラでダルアン紙はプサントレンでの筆記用やオランダ東インド行
政機構内での文書作成のためにたくさん使われた。神聖さを帯びているイメージのおかげ
で、プサントレンで好まれて使われていたし、諸宗教で崇められている護符を書くための
紙としても最適なものになっていたようだ。

文献学的視点でダルアン紙の歴史を見ると、スマトラ島クリンチ山のムラユ王国が14世
紀に作ったタンジュンタナ法典に使われているのが最古のようだ。18世紀のスンダの文
書類にもダルアン紙が使われている。それらの古文書の中でオリジナルの文書が今でも古
文書館に保存されており、何百年も経たダルアン紙の実物を目にすることができる。その
こと自体がダルアン紙の耐久性を物語っているではないか。


伝統的なダルアンシートの製法は、まずダルアンの木を伐り、作りたい長さに合わせてカ
ットし、外皮をナイフで削り取る。いや削ると言うよりも、あたかもこそぎ落としている
ような印象だ。すると白色の内皮が出て来るので、刃物で縦に切れ目を入れて木の芯から
はがす。こうして皮の厚みを持った四辺形の物体が得られる。

それを水洗いしてきれいにしたあと、乾燥させる。水気がなくなったら、それをひと晩、
水に浸けておき、翌日に打ち延ばし作業を行う。その作業で元の四辺形は2倍から3倍の
大きさに膨らみ、厚みは薄くなっていく。熟達した者がそれを行なえば、幅20センチの皮
が縦横1X2メートルの大版シートに成形される。継ぎ目はまったくない。ワヤンベベル
に使われるのがそのサイズだが、世の中には2枚をつなぎ合わせたものもたくさん存在し
ている。

バリ島では伝統慣習の火葬の中で~ガベンの儀式が営まれる際にダルアン紙は護符を書く
紙として今でも使われており、需要は昔のままに存在している。2007年ごろ1X1メ
ートルのダルアン紙は一枚が百万ルピアだったそうだ。製法の話にもどろう。[ 続く ]