「ヌサンタラの紙(4)」(2024年04月04日)

スパルティの夫のマルスディはKertas Gedog Ponorogoという商号でダルアン紙作りを家
業にしている一家の息子に生まれた。かれはダルアン木を探して遠方まで旅することが多
かった。その家業は1950年代に黄金時代を迎えた。10人を雇用して毎週百枚を超え
る上質のダルアン紙を生産した。作った製品は飛ぶように売れ、製品在庫が溜まるような
ことはなかったそうだ。オランダ人までが買いに来て、オランダに持ち帰ったという話だ。

「外国ではダルアン紙で紙幣を作っていると言われていました。ダルアン紙はしなりがよ
く、耐久性がきわめて高く、水に濡れたくらいじゃ破れも壊れもしませんから。」とスパ
ルティは昔を語る。

紙としての最高のクオリティを持っているダルアン紙を買いに来たオランダ人は一枚一枚
を吟味して値付けし、大量に買って帰った。1キロいくらというような重さ買いをする対
象物でなかったということらしい。1枚のダルアン紙にその当時の結構な金額が支払われ
たそうだが、金額がいくらだったのか思い出せないとかの女は思い出を物語る。


一枚の紙を作るのに長い日数をかけ、体力を消耗する作業を行ってやっと製品ができあが
るのだから、紙一枚が貴重品として扱われてもおかしくない。夫の家業の後継者になった
嫁のスパルティはダルアン紙の作り方を実際に行って記者に説明してくれた。

皮を取り出すダルアンの木は、どれでもよいというわけに行かない。まず良い木を選択す
ることから始まる。樹齢6〜12ヵ月でまっすぐ伸びていて枝がないもの。皮は柔らかい
ほど良いが、繊維ができあがっていてよくしなることが必須条件だ。良い木が選別された
ら、それを伐る。濃い茶色をしている外皮をそぎ落とし、白い内皮を取り出して一昼夜水
に浸し、柔らかくする。

そのあと、叩いて延ばす工程に入る。インゴット形で底が平らになった銅製の打ち具で白
い内皮を叩きながら延ばしていく。打ち具は重さが2.5から5キロまで数種類ある。作
業性を良くするために木製の握り棒が付いている。

この打ち具はガルッのふたりの職人が使っていた打ち延ばし作業のための道具と同じ物の
ようだ。ガルッの職人は木の持ち手が付いた長さ5センチ幅3センチのインゴット型をし
た金属製のものでダルアンの皮を叩きながら延ばしていた。

ちなみに、ロレリンドゥ国立公園近くの村では、自然石で打ち延ばし作業を行っていた。
その方が古来からのダルアンシートの作り方に近いのだろうが、製品の品質は底の平な金
属に負けてしまう。面白いことに、中部スラウェシでは模様の付いた石で打ち延ばすこと
も行われており、その方式が使われるとシートに透かし模様water markを入れることがで
きる。中部スラウェシでいまだに使われているそれらの石は新石器時代のものと鑑定され
ている。


スパルティの作業場では、打ち延ばし作業の終わったものをバナナの木の幹に巻きつけて
乾かす。乾かしている間も、ナンカの木の葉で表面をこする。仕掛品が乾燥すると、自然
にバナナの幹からはがれ落ちる。乾燥度が十分かどうかをバナナの木が教えてくれるので
ある。しかし乾燥させただけでは終わらない。製造工程はまだ続くのだ。

できた二枚のシートをひとつにつなぎ合わせるのである。そのとき、枝があったところに
できた節や引っかき傷などの不具合を同時に治していく。そのあとでふたたび銅のインゴ
ットで打つ作業が行われて、つなぎ合わされた二枚の差が感じられないくらいの完璧な一
枚のシートになるのである。そうしてやっと仕上げ工程に入る。表面に艶を持たせるため
に海産の貝殻で細かくこする作業が行われ、最終工程は、定型サイズになるように大きさ
を測り、縁の状態がそろうようにカットされて商品になる。[ 続く ]