「世界を揺さぶったスパイス(35)」(2024年06月11日)

2002年8月のコンパス紙は南アチェ県のナツメグオイル民衆生産の様子をルポした記
事を掲載した。南アチェ県で行われているナツメグオイル生産は家内産業であり、小規模
小資本の住民がたいてい自宅で行っている。素材のナツメグの実は採集農民から買うので、
原料が手に入ると生産が行われ、次に原料が入荷するまで生産設備は昼寝するということ
になる。

南アチェ県タパットアン郡にはナツメグオイル生産設備が7ヵ所にある。そのひとつが家
の裏庭に置かれているハジ ナスルディン50歳のお宅をコンパス紙記者が取材のために
訪問した。ナスルディンは少年のころからナツメグオイル生産に関っていたために製法を
熟知している。自分で独立して製造事業を行なう夢を抱いて資金を貯め、3年前に念願か
なって生産設備を購入し、事業主になった。原料の入荷が停滞すると何週間も設備は遊休
状態に陥ってしまうが、そんなことにくじけることなく、かれはこの事業の大きな将来性
に賭けている。

フル稼働すれば週4百キロのナツメグオイル生産能力を持つかれの生産設備は床面積10
メートル四方のミニ工場に鎮座している。工場の稼働は6人の作業員とひとりの監督者の
総勢7人で行われている。作業員がいちばん時間とエネルギーを取られる仕事は実から種
を取り出す作業のようだ。原料が設備にセットされれば、あとは監督者の言いつける仕事
をしていればいい。

採集農民が納入したナツメグの実は1週間天日乾燥させる。取り出された種は粉砕機に入
れて砕く。粉砕された種とメースが容量275キロの5つの釜に置かれたあと、炉で沸騰
させた水蒸気がパイプを通って釜の中に吹き込まれる。原料が含有している揮発成分は高
温の水蒸気に付着して釜から外へ流れ出て行く。釜の出口には長さ30メートルのパイプ
がつながっていて、水槽の中に置かれた排出パイプを通る間に水蒸気は冷やされて水滴に
変わる。排出パイプの先に容器が置かれていて、水と揮発油の混合物がポツリポツリとそ
の容器を満たしていく。

溜まった液体は水と油の混合物だが、水と油は決して融合しないのが常識だ。水が下に溜
まり、油は水の上で層を作る。その油をスプーン状の道具ですくい取り、ビンに詰めれば
ナツメグオイルのできあがり。

ナスルディンは製品をメダンに出荷しており、メダンでは医薬品・化粧品民衆産業がナツ
メグオイルの需要を形成していて、キロ当たり30万ルピアで売れる。

オイル生産に使われないナツメグの果肉は、住民の中に家庭でマニサンパラやシロップを
作るひとたちがいるので、その需要に当てこむことができる。しかしナスルディンはマレ
ーシアに週30トンの果肉を輸出している。マレーシアの輸入者がマニサンやシロップに
しない状態の果肉を欲しがるのは、自分で付加価値を付けたいためだろうとナスルディン
は推測している。


ナツメグは万能スパイスであり、料理の調味料として、伝統医薬品として、さまざまな用
途を持っている。粉末ナツメグスパイスの細かい粉を水でこねたものは筋肉のくじきや過
労がもたらす疼きを軽減するそうだ。

南アチェ県ではたいていの家でパラの樹を植えており、パラの実は一家の常備薬兼料理素
材になっている。たいていどこの家でも庭一面に実を天日干ししている様子は日常のもの
になっていて、中には道路脇がパラの実の天日干しで占領されている地区もあるそうだ。
マルクから遥かに離れたアチェがナツメグの大産地になっている現状は、何百年も昔にこ
の物産を奪い合ってマルクの多島海を駆け巡ったヨーロッパ人たちにとって、きっと思い
がけない話になるにちがいあるまい。[ 続く ]