「350年は誇大宣伝?(終)」(2024年06月14日)

その時代、いわゆる封建領主たちは自分と自分の一族の利益を最大優先していた。領地領
民の統治者は支配者だったのだから、当然の論理だろう。かれらが民衆に善政を敷いて優
遇した場合、民衆の生産が向上することによって支配者の懐が潤うようになるのが最終目
標だったはずだ。異民族がその支配権を奪いに来たとき、封建領主たちは異民族に自分の
取り分を提供する契約を結び、その上で自分の取り分が回復するように、領民に対してさ
まざまな新規則を定めて取り立てた。領民の取り分が減って行くのは当然の帰結だった。

民衆にとっての支配階層が雲の上で結ぶパトロン=クライアント関係は敵だったはずの二
勢力を癒着させ、救いの得られない民衆は世直しの神ラトゥアディルを押し立てて、反乱
のアモックに向かって突進して行った。

エドゥアルト・ダウエス・デッケルは19世紀半ばごろのバンテンの民衆が暮らしていた
生活の様子を小説マックス・ハフェラアルの中に活写した。ルバッのブパティが行なう住
民搾取が東インド政庁の定めた規則に違反していたというのに、政庁行政機構は規則の忠
実な執行を避けた。公的な規則が定められていればその通りに執行されているはずだと考
えるのが、文明化した善人が足を取られる落とし穴なのだろう。

デッケルが記したプリブミ支配者の暴政の様子は小説マックス・ハフェラアルの中のエピ
ソード「サイジャとアディンダ」の中でご覧いただけます。その物語はこちらでどうぞ。
https://indojoho.ciao.jp/archives/library05.html


さて、インドネシア人が行っている政治的な歴史の捏造というオランダ人の批判は果たし
て的を射ていたのだろうか?インドネシア人がIndonesia dijajah...と述べた言葉をオラ
ンダ人は「インドネシアがオランダの植民地になった」と翻訳し、そしてそこでの「イン
ドネシア」という言葉を「完璧なインドネシアの国土全体」と解釈した。その解釈に従っ
て、完璧なインドネシアの国土全体がオランダの植民地になったのはわずか数十年だと反
論したのだ。そこに観念の落とし穴が口を開いていることに賢明な読者はもうお気付きの
はずだ。

オランダによるインドネシアの植民地化は地域的なバラツキがあり、一概に何年間と言え
るものでないのは明白だ。さて、長期間に渡って植民地化されなかった地域がインドネシ
アの一部にあり、その反対に長期間に渡って植民地化された地域もインドネシアの他の一
部にあった。その植民地化された地域をインドネシアと呼ぶと間違いになるという論理の
飛躍はいったいどうしたことなのだろうか?

これはくだらない子供じみた議論のように見えるかもしれないが、言語というものがいか
に人間の理解と密着していないか、人間の理解を確定させるものにならないか、というこ
とを示す実例のひとつではないかとわたしには思われる。立木の一部が腐っている樹があ
ったとしよう。「腐った樹は伐り倒して燃やせ」という指示が出されたとき、あなたはそ
の樹を切り倒して燃やすだろうか?腐った原因が病菌の蔓延だったのであればだれもが迷
わず伐り倒すだろうが、そんな状況でなかったときはどうするのだろう。大部分が腐るま
で待つのか、それとも即刻伐り倒すのか?

「インドネシア」という言葉を領土全体と捉えるのも自由だし、個別の地域の集合体と捉
えるのも自由なのではあるまいか。その選択に方向性を与えるのが状況や文脈における整
合性なのである。後者の場合、個別の地域にインドネシアという名札が貼られているのは
間違いあるまい。集合体の一部を全体の名称で呼ぶことは起こりうるはずなのに、このテ
ーマに限って、寸土も残さぬ全土という理解に走って疑わない論調が主流を占めるのはな
ぜなのだろう。

もうひとつは、インドネシア語動詞jajahという言葉が政治的な定義付けにおける「植民
地(colony)にする」という意味で翻訳された点にわたしの関心がからまっている。百年も
前からインドネシア人が語っていたIndonesia dijajah oleh Belanda...が本当に政治ス
テータスを意図して発言されたものなのかどうか?Indonesia dijadikan tanah jajahan 
oleh Belanda...であれば政治ステータスについて語っていると明瞭に判断できるものの、
単にdijajahと言われたとき、それはただのberada di bawah kekuasaan bangsa lainとい
う素朴で情緒的な感情の表出でしかなく、政治ステータスのアイデアなどそこに一滴も混
じっていない、という可能性を本当に完全否定できるのだろうか?わたしの疑問は果てな
い。[ 完 ]