「世界を揺さぶったスパイス(39)」(2024年06月19日)

【ヴァニラ】
メキシコが原産地のヴァニラは16世紀前半にスペイン人がヨーロッパに紹介し、170
0年代にスパイスとしてヨーロッパ文化の中に定着した。食物や薬に加えられてアロマと
味覚を高めるものとして使われ、更にアルコール・タバコ・香水などにも使われるように
なった。

インドネシアへの渡来は、イギリスが占領したヌサンタラをオランダに返還したとき、そ
の引継ぎを受けるためにオランダからヌサンタラにやってきた高官たちの中のひとりで植
物学者のレインヴァルツ教授がボゴール植物園に1819年に植えたのが事始めとなって
いる。

ジャワ島ではしばらくしてから中部ジャワと西ジャワでヴァニラの栽培が開始され、19
世紀中盤にはスマトラ・スラウェシ・バリ・ヌサトゥンガラ・パプアにまで拡大していっ
た。


世界のヴァニラ生産国のトップはマダガスカルで、インドネシアは第二位の地位を占めて
いる。2020年の農業省農園総局データでは、栽培総面積9,291ヘクタール、生産
量1,412トンとなっている。生産農家数は3万戸に満たないそうだ。大型農園は片手
の指の数程度しかなく、ほとんどすべてが個人の生産農家である。

州別生産量では2022年に東ヌサトゥンガラ州が422トンで首位になっている。他に
は北スマトラ・ランプン・北スラウェシ・南スラウェシなどが主要産地を形成している。
かつてはバリ島が大きな生産量を誇っていた。1994年には年間74トンの生産量を記
録したものの、2018年は2トンという寂しい数字を示している。


ヨグヤカルタ特別州クロンプロゴ県サミガル郡は山の中だ。中部ジャワと州境を接してい
て、山を越えればボロブドゥル寺院へ8キロほどの距離しか離れていない。サミガル郡は
ヴァニラの生産センターのひとつだったのである。

その地でヴァニラの栽培が始まったのはオランダ時代であり、オランダ人がそれを持って
きて一部の地元民に植えさせた。インドネシアの独立完全承認が終わってオランダ人が去
ってから、地元民が積極的にヴァニラを栽培するようになった。それ以来サミガルは中部
ジャワに次ぐナンバーツーの産地として名が知られるようになった、と県ヴァニラ農民協
会会長は歴史を物語る。だがその栄光は1973年に崩れ落ちた。枝腐れ病が猛威を振る
ったのだ。サミガル郡の名は昔話の中でしか聞かれなくなった。

インドネシアでヴァニラは最初、1819年にボゴール植物園に植えられた。1864年
になって中部ジャワ州トゥマングンで栽培が開始され、そこからウォノソボ、サミガル、
バリなどに広がって行った。ヴァニラの栽培には海抜4〜6百メートルの高地が最も適し
ている。1960〜70年代にヴァニラの栽培振興がジャワ島内で進められ、あちこちに
産地が出現し、生産品はJava Vanila Beanの名で諸外国に輸出された。[ 続く ]